聞く、待つ、引き出す(1)
2016/3/19 塾長ブログ
 
産休代替教員の頃の話
 
42歳の時、それまで勤めていた私立高校をやめて演劇活動に専念したが、そうやすやすと問屋は卸してくれなかった。劇団を創設したり、NPO法人を立ち上げたが、経済的にはままならず、掛け持ちしながら教員に戻ったころの話である。産休代替教員として勤務した支援高校での「学び」、それまで経験した教育とは別の角度から教員としての目を開かされた。このときの経験が愚放塾の教育にもしっかり根づいている。いまから10年ほど前のことだ。

東京の北区の都立高校で、朝昼夜の3部制の総合高校の支援校だった。中学時に不登校だった生徒やADHDなどのアスペルガーなどの発達障害の生徒など、何かしらの問題を抱えている生徒が在籍していた。

年度途中の7月からの勤務であり、学級担任を受け持つことになった。3年次20人弱のクラスであった。ふつう3年で卒業するところを、支援校のためもう1年の猶予が与えられていたが、このクラスのほとんどの生徒が3年次卒業を目指していた。さっそく個人面談を行うことになった。7月の学期末のあわただしさのなか、面談は夏休みまでずれ込んだ。
 
支援高校の指導の難しさ
 
夏休みに入ったばかりの暑い日、ある女生徒と面談を行った。その生徒も本年度の卒業を目指していたが、欠席日数が多く、このままでは卒業が危ぶまれていた。支援校といえども、単位制の学校であるがゆえに、自己責任が重くのしかかる。卒業単位に満たなければ、卒業をできない。普通の高校のようにみんなそろって卒業というわけにはいかないのだ。支援校の緩やかな規則の厳しいところである。

この学校では、もちろんこのような生徒は珍しくはない。指導も一人一人異なる。欠席が多くても遅刻が多くても、生徒を責めることも叱ることもしない。それぞれにそれぞれが抱えている理由があるからで、その背景を受け入れた上で、現実の対策を講じることになる。現状に理解を示しながら、同時に現状打破の具体的な手立てを指し示すこと、これが指導において求められるが、なかなか難しい。

to be continued
 
聞く、待つ、引き出す(2)
 
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