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休学生、不登校生よ、絶望も輝くのだ!
2017/5/9 塾長ブログ
 
視線が怖い
 
演劇を始めたのは、もう35年も前のこと。教師をしていたあの頃、生徒の視線に翻弄され教壇に立つのが怖くて、日々棘いばらの道に立ち往生していた。投げ出したくても投げ出せない自分をなんとかしようと、奮い立たせていっそのこと、衆目の集まる舞台に身を投じ、見られることへの恥ずかしさを克服しようとした。

小さな中学校のわずか20人余りの教室の、まだあどけない生徒たちの眼に黒板の前で、恥ずかしさに身を縮ませていた青年教師が、思い余って舞台に立とうなどと考えること自体、所詮絶望的なことだった。その無理難題の彼方から、臆病な言葉の数々が自分を打ちのめした。前にも進めず、後へも引けず、自らを噛み裂くようにして恐る恐る劇団の門を叩いたのだった。

地元の老舗劇団の研究生になった。稽古の初日、河原の土手下にあった稽古場は静まりかえていた。集まった研究生5人、たしか15期生だった。その期生担当の演出家が、僕らに向かってこういった。

「オーディション合格おめでとう! 今日から君たちは、歴史あるこの劇団の研究生だ」

僕らはきょとんとした。オーディションなど受けていない。書類選考すらなかった。この劇団は誰でも入れたからだ。

腑に落ちないその言葉を真顔で聞いている研究生を前に、その演出家はにこやかに言葉を継いだ。前歯が欠けていた。話すそばから息が漏れる。決して聞きやすくはなかったが、その口から出た言葉が僕に突き刺さった。
 
絶望が輝いたとき
 
「自分で自分を選んだんだ、君たちは。何千人もいる自分の中から演劇を志す自分を選んだのだ…」

僕は図星を指された気がした。たしかにそうだ。…お前にそんなことなどできっこない、無理だよ、もっとひどい目に会ったらどうするんだ…自分を否定する、ネガティブな言葉の数々、止めどなく心に湧いては消える幾千の自分という障害、その抵抗を振り切って「自分を肯定する」たったひとつの自分を選んだ、その絶望をずばり言い当てた言葉だったからだ。

「未来をこじ開けるには絶望に向かっていくしかない」

そうささやく小さな声を信じ切れずに迷っていた自分が、しっかり前に向き直った。そのとき、はしなくも僕の絶望は輝き始めた。もちろん、そこで終わりではない。その言葉に出会って苦悩はいっそう大きくなった。絶望は輪郭を太くし、鮮やかに目の前に立ちはだかった。だが、その言葉に出会ったからこそ、少なくとも志を曲げずに今日まで来られたのである。
 
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