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休学、不登校等人生の休眠期にある若者に贈る、漫画「鈴木先生」の作家武富健治氏との対話
2017/7/30 塾長ブログ
 
天才は天才と呼ばれることを嫌う
 
木戸佑兒:40歳になってもイチロー選手は「もっと野球がうまくなりたい」と言います。同じように、よく口にするのが「僕は天才なんかではない」という言葉です。天才と呼ばれる当人たちは必ずしも天才という言葉に納得してないようです。むしろ、天才と呼ばれることを嫌う傾向にあるようですね。

この対話の元記事:「人生に躓き悩む若者こそ、愚放塾の天才教育にふさわしい」
 
それ以前とそれ以後では、作風が変わった
 
武富健治:愚放塾のHP内に詳細な文章を乗せて頂いていますが、ぼくは、30代前半、漫画で行き詰っていた時に木戸さんと出会い、いったん漫画を停止して、がっつりと1年間、木戸さん主催の演劇に打ち込みました。その後も数年間木戸さんのワークショップに参加。その後、漫画家として復帰したのが、初連載となる「鈴木先生」です。明らかにそれ以前とそれ以後では、作風が変わりました。そのおかげで、世に作品が届けられるようになったんですよね。

それ以前の作品も僕自身はとても好きですし、又吉さんが「火花」になんで僕を指名してくれたのか聞いたところ、初期の短編がとても好きだからということが大きくあったそうです。

しかしそれも、「鈴木先生」がそこそこヒットして(実は思われているほど部数が出ていないので「そこそこ」なんですが)、それまでの短編が短編集として世に出たから、又吉さんにも読んで頂けたわけで、まさに「鈴木先生」=木戸レッスン以後は、「能」の部分が動きは締めたのだと思っています。
 
もうこれ以上ない、と思えるところまで追い込まないと出てこないものもある
 
「火花」では、ちょうど初期っぽい方向を試してみたいと思っていたところに、又吉さんからのご指名、そして上記の「初期が好き」というご意見が加わったことで、全力で、初期の味わいを復活させています。

連載中、あまり反応も多くなく、読者のみなさまがとまどっている感じが伝わってきましたが、ここ数週間、クライマックスを迎えて、急激に良い反応を目にするようになってきました。二十話以上かけて、今の作風の良さが、じわじわ伝わったような感じに思えます。

正直、ここ数年間、原作付きの表現方法を追求して、前作「雨月物語」でその作業は完成したと思っていましたが、その上でもう一撃、それも20話以上描く、という工程は、完全に「必要だった」と今は思えます。もうこれ以上ない、と思えるところまで追い込まないと出てこないものもあるんですね。
 
力を引き出してくれる人や事との出会い
 
ちなみに僕の場合、本物の天才ではないからかもしれませんが、「天才」と言われるのは結構好きです(笑)。最近久々に、ツイッター上でそう褒めてくれる人がいて、非常にうれしく思っています。言われた上で、「努力してるんですよ!」とか言うのが最高です。

でも、やはり振り返ると、努力だけでも才能だけでも今の自分はなく、力を引き出してくれる人や事との出会いがどうしても重大な気がします。すぐになんでも、教えてもらえるものだという雰囲気は、僕の世代くらいから特に増えてきているように思えます。

これはよくない傾向ですが、自分で頑張って、それでもなお頭打ちになって苦しんでいる時には、思い切って何かにすがってみることは大切だと思います。そういう時には、思い切って身をゆだねることが大切です。
 
よい指導者は「私がするのと同じようにせよ」ではなく、「私とともにせよ」と言う
 
木戸佑兒:演劇という未知の世界へ飛び込んだ武富さん、最初は美術だったのが、急きょ俳優をすることになって、さらに未知の未知へとその闇の深度を深めていくわけですが、はた目には暴挙と映ったかもしれません。しかし、それが愚放塾的には天才への道なのです。たとえて言うなら、泳げないものがいきなり海へ飛び込むようなものです。もちろん、僕も一緒に飛び込みますが(笑)

当時、僕はその劇団の主宰者(演出家)だったのですが、いきなり俳優になってもがき苦しんでいる武富さんに演技を一から教えるようなことはしませんでした。僕の好きな哲学者ジル・ドゥルーズの言葉を借りるならば、「私がするのと同じようにせよ」という指導者からは何も習得しない。素晴らしい唯一の指導者は「私とともにせよ」と一緒になって模索しその本来性を展開する。
 
もがき苦しむ中から本来性が目覚める
 
僕も「俳優武富健治」という問題を解くために、未知の海に飛び込み、一緒にもがき、そのなかから世界にひとつしか解を見出したのです。武富さんは、広大な海に放り出され、もがきながら独自の泳法を編み出しました。クロール、平泳ぎといった既存の泳法ではありません。独特な武富泳法です。

演劇という異質で未知の荒波にもまれながら、懸命に武富さんならではの独特の演技を習得したのです。その独自性が発露となって、漫画「鈴木先生」の作風につながったのではないでしょうか。火花はさらにその独自性を展開しているようですね。日々進化している武富漫画を目の当たりにしています。
 
また愚放塾へ行きたい!
 
武富健治:本当にお世話になっております。おっしゃる通り、鈴木先生以後、原作付きを主に手掛けてきた上での現在の「火花」は、単に初期作の感じを取り戻すという行為にとどまらず、「俳優」「演じ手」として作画を手掛けることの大きな実験所となっています。ある程度の手応えもあり、秋の単行本化のことを考えると非常に緊張します。

今回の火花で少し掘り当てたものは、もともとは当時木戸さんのところで開いてもらったものですが、やはり長年離れていると忘れることもあり、数年前に愚放塾に2度お邪魔して、間隔を少しでも取り戻せたことも、とても大きいと思っています。またチャンスを作って英気を養いにお邪魔したいです!
 
参考記事:「ほとんどの人は目標を投げ出すが、投げ出さない人の特徴とは?」
 
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