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大学休学、不登校生をはじめ人生の方向性を見失った若者は、哲学書を読んで「生」の鼓動に触れよう!
2017/10/6 塾長ブログ
 
流動食のような文章では思考は鍛えられない
 
デカルトの「方法序説」を8月に読了したあとは、9月からハイデガーの「存在と時間」を読み始めた。20世紀最大の哲学者とも言われるハイデガーの著述した「存在と時間」は、デカルトの「方法序説」と比べて格段難解であり、塾生君もインターネットでわからない用語などを検索し事前に学習してきたが、やはり「手引き」が必要と考え「用語、本文解説」の資料を作成する。

哲学書を読むにあたっては、思考のプロセスを大切にして一文一文を丁寧に読んでいく。近頃はネットをはじめ、本もそうですが、巷に氾濫している文章は、読むのになんら苦労の要らない、まさしく流動食のようなものばかり。たしかに商業的な文章としては、読み手にストレスを与えずにメッセージをストレートに伝える利点があるとは思うが、思考の訓練となるとまったく用をなしません。思考を鍛えるためには、一字一句にこだわりながら語句の意味を確かめ、文脈から正確な解釈を探っていくような読み方が必要不可欠。

塾生君も、すでにデカルトの「方法序説」を読了しているので、読み方にも変化がみられるようになりました。デカルトを読み始めたころは、上述したような安直な文章(文化)に染まって「だいたい分かればよい」といったような読み方だったのだが、最近は読み方の質も向上してきている。
 
実感を大切にして生きるための思考訓練
 
正しい意味を探り求め、微に入り細部にわたって、文章を行きつ戻りつ繰り返す「読解の仕方」に慣れてきた。意味上の些細な点にも目配りが利くようになり、読み進めていくうちに疑問が生じると、もう一度前に戻って読み直すといった「思考の往復運動」が身についてきたように思わる。

先日も「豊饒な時間ですね。大学の授業よりずっと濃いです」と感想を述べ、「哲学書を読む」ことに対して充実感を得ている。いくら真面目にノートを取って聞いていても「なんとなくやっている」のなら、もしくは「やらされている」のなら、このような充実感、まして実感は生まれ得ないだろう。

懸命な作業やひたむきな生き方には、必ず当人ならではの実感が伴う。その実感に裏打ちされた姿勢が自分を変え、ひいては将来への道筋を作ってくれるのだ。無一文になった状況において「人生」と正面切って向き合い、虚飾を剥ぎ取り、内面の底から突き上げるような意欲がわき出たとき、はじめて「生」の鼓動に触れ、「自身の本来性」を生きることが可能になるではないだろうか。
 
参考記事:
→塾生の感想「塾生日記『ハイデガー入門を読むということ』」
→哲学指南:「哲学書を読むとは?」
→思考の忍耐力をつけること「休学生、不登校生は、楽観的か?、悲観的か?」
→古典について「古典を読むとは?」
→情報化時代にこそ哲学「知識の汚れを落とし、納得のいく人生を手に入れよう」
 
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