ホーム >塾長ブログ >ワークショップ > プレゼン演技術その2

 

自己プレゼン演技術その2
2015/3/21 塾長ブログより
 
舞台が、教育的装置として機能する
 
引っ込み思案で小心者の僕のような性格の者にとって、人前で笑われることはさらし者になって辱めを受けたような気分になる。その心の傷はなかなか消えないものだ。

しかし、舞台という場は同じ人前に立つ場でありながら、それとは逆向きの力が働く不思議な所である。

たしかに俳優ならば観客に笑われることは役者冥利である。僕が人前恐怖症を克服した俳優経験をもとに、舞台の力を教育的な装置として、「自己プレゼン演技術」は考案された。

そのシステムを説明するために、次のような想定をしてみようと思う。

かつての僕のような人前恐怖症の人たちが愚放塾の「自己プレゼン演技術」のワークショップに集まってきた。アイスブレイク…本題のワークショップに入る前に、いくつかの簡単なワークを積み重ねて、互いが互いを認め合い支えあう、信頼関係を築く。そうして場が十分に耕されたならば、いよいよ「自己プレゼン演技術」のワークショップがスタートする。

紙面の都合上、エッセンスだけを述べることにする。実際はもっと繊細な配慮があって細かいステップがあるのだが、煩雑になるので省略する。
 
「自己プレゼン演技術」の仮想ワークショップの実況中継
 
ある参加者にみんなの前に立って自己紹介してもらう。彼は人前に出るのが恐ろしく苦手である。話す前からすでに手足が震え顔は上気して真っ赤である。いたたまれない様子で、なかなか話し始めない。やっとのことで話し始めても、しどろもどろで声は小さく何を言っているかわからないほどである。そんな彼をほかの参加者はあたたかく見守っている。

舞台に棒立ちの彼に僕からある指示が出される。

「ここで演技の実習に入ります。女の人の前にあたなたは立っています。今日はあたなにとって特別な日。大好きな彼女に告白することを決めて、まさにいま言い出そうとしている。でも、心臓は高鳴り手足は震え動揺は隠せない。その恥ずかしくてどうしようのない状態を演技して見せてください」

彼はまだ何をしていいかわからず、人前に立つ恥ずかしさで緊張したままである。

「みなさん、どうですか、とても上手に演技していますね。彼の恥ずかしい気持ちが伝わってくると思いませんか」

見ているものは、なりゆきを固唾をのんで見守っている。

「いいですね、いまの感じでもう少し大げさに恥ずかしい演技をしていただけますか」

彼はまだ合点がいかない様子であるが、「僕のそうそう、その調子でもっと大きく、ゆっくり動いて」という風な指示に誘導されて、次第に動きを大きくしていく。たまたま調子が変わって変な動きになると、笑い声が漏れる。僕が身振りで拍手を促すとみんなが拍手をする。

徐々に彼の動きが生気を帯びてくる。そのうちに、いままで抑えていたものが一気に噴き出たように、めまぐるしい仕草になった。みんながどっと笑う。

「どうだった?」

彼は狐につままれて様な表情を浮かべて、考えている。

「いま、緊張している?いま恥ずかしい?」

彼は首を振る。

「演技をしているとき、どうだった?緊張していた?」

彼は首を振る。

「演技しているときのこと覚えている?よかったら、話してくれない?」

彼はおもむろに話し出す。

「僕の場合、何もしないでも恥ずかしい演技になっていることですよね。初めは馬鹿にされているのかと思いました。でも、僕が素のままで立っていることがすでに演技していることだと気づいたとき、少し楽になりました。

言われるままに動いてみました。自分の仕草をなぞるように大きくしていくと、みんなが笑ったり拍手が起こったりしたので、びっくりしました。何をしているのか、わけがわからなったのですが、これでいいのかなと思いながら、恥ずかしい演技をすることに次第に集中していきました。その状況に入り込んで、いろいろやっているうちに、緊張していることさえ忘れてしまいました」

「その恥ずかしい演技は君にしかできない、個性的な演技なんだよ。なぜなら、君が君自身を真似しているからだ!」

きょとんとしている彼に向かってさらに僕は続けた。

「どう、みんなに笑われた気分は?傷ついた?」

「いえ、なんか気持ちよかったです。演技を支えてもらっているような追い風になりました」

「普段だと、人前に立って笑われると傷つくけど、舞台では反対に気持ちいいわけだね」

「そうです。いつのまにかもっと笑われたいという気持ちにもなってきました」

「へぇ~、じゃあ、もう一度、やってみる?同じシチュエーションで恥ずかしがっている男を!」

「はい!」

ほんの10分ほど前が嘘だったかのように、彼は見違えるような表情をしてふたたびみんなの前に立った。そして今度は自信にあふれた演技になった。しかし、前のようには笑い声が聞こえてこなかった。彼は少々不服そうな表情を浮かべながら、舞台を降りてきた。

「どうだった?」とふたたび僕がきく。

「ぜんぜん緊張しませんでした。というより、もっとうまくやってやろうという気になりました。でも、思ったほど反応はよくなかった」

もう口ぶりはいっぱしの俳優である。

「そうだね、演技は自信満々だったね。よかったよ。でもね、少し押し過ぎかな。自信満々で演じても、見るている側は引いてしまうんだ。かといって、見ている側の視線に押されて動けなくなってもダメなんだ。その塩梅が難しいね、演技は難しい!」

「そうですね。前の演技は見ている人に支えられ、動かされているような感じがあったのですが、今回は自分だけで動いていたように感じました」

「その通り、演技は演じる人と見る人との共同作業。動かされ動くその感じが大切。演技は自分だけでするものではなく、見ている人と一緒に作っていくものだね。そのことによく気づいたね。ところで、みんなに聞くけど、それって、この場に限ったことではないよね。さあ、どうだろう、みんな、普段の生活の中でもしていると思うんですが、どうですか?」
 
ある女の子の発言が的を射ている!
 
今度はみんなのほうへ顔を向けて質問した。すると、ある女の子がすっと手を挙げて、指名すると勢い込んで話し出した。

「あの、あの、、そう、そうなんです。私って、よく言われるんですが、人によって変わってしまうんです。人格が変わってしまうってよく言われます。それが嫌で嫌でたまらないです。私って、お調子者のようにも感じるし、自分がないようにも思えて…なんか落ち着かないんですが…もっとしっかりしないとだめだなあって…

でも、いつもなんとなく思っていたのですが、今日の彼の演技を見ながら、気づいたことがありました。自信をもって演技している彼より、自信なさそうな彼のほうが私好きです!・・・っていうか、その、その観ている人に支えられるようにして演技している彼のほうがずっと魅力的に思えました。

つまり…よく分からないんですが、人に合わせるだけではもちろんダメです…が、相手の人と一緒に自己イメージをつくるって考えてみると、その相手によって人格が変わったとしても、それは相手にとっては気持ちいい感じを与えるし、自分としてもいいように思えるんです。なんか調和的な振る舞いができて、自分で言うのもなんですが、魅力的なんじゃあないかと…」

「僕の言いたいことを上手にまとめてくれましたね。私たちはたえず人の視線や表情などによって動かされている、それがすでに演技なんですね。その意味では日常ですでに俳優なんです。彼女の話の中に、自己イメージって言葉が出てきましたが、独りよがりの自己メージを作ってそのイメージ通りに動こうとするから守りに入って、人前に出た時には、逆に変なことになる。

自己イメージをあらかじめ想定しないで、心を開いて相手に接し、相手に合わせながら自分も活かす調和点を探していくと、その結び目に自己イメージが自ずから作られるんだね。それが、自分を表現することにもなる。それが僕の考える演技なんだ。とすると、むしろ自分が空っぽな人ほどよい俳優ということにならないかな」

「ああ、わかりました。私、自分がないんです。それでいいんですね」

「まあ、自分がない人など誰ひとりとしていないとはおもうんだが、でもね、自分を消すことは大切だよ、自分らしい表現をするためには…つまりね、自分を表現するって気持ちは持っていなけばならないけれど、その表現の仕方は相手によって自然と変わるはずだよ。

たとえば、同じ内容を話すにしても、友達に話す場合と子供に話す場合と外国人に話す場合では、おのずと変わってくるよね、誰もがしているはずだ。それをもっと感性豊かな方向へ持っていくと本格的な演技になる。

そもそも演技というのは、役柄のイメージを観客と共有することだよ。その共有した役柄のイメージに個性がにじみ出てくる。個性とはね、にじみ出るものなんだよ。間違ってもあからさまに出すものじゃあない、秘すれば花、ちょっと難しいかな…

個性のことはともかく、役柄のイメージと同じように、日常でも相手との共同作用によって自己イメージがつくられる。もちろん場の雰囲気も含まれるけど、その自己イメージを相手との関係性によっていかようにも変化させる力をつけることが真の表現力なんだよ。

どこかの局のアナウンサーのように上手に話しても少しも心に響かないプレゼンってあるだろう。逆に、つかえつかえで決してうまくないんだけど、その人となりがよく見てとれて、つまり個性がにじみ出ているプレゼンでね、感動するのもある。それが表現における感性なんだよ。

ともあれ、自己イメージは自分で作るものじゃあないってことがよく分かったかな、あくまで相手や場に応じて自然に調和のとれた仕方で作るものなんだね、まさにカメレオンのように…自己プレゼン演技術とはそういうことなんだ、そのことは自己変容ということにかかわってくるけど、それは次のワークショップでやろう」
 
参考記事:
塾長インタビュー「演劇で思い出に残っていることは何ですか?」(Q13)
塾長インタビュー「人前で演じるなんてとてもできない性格でも大丈夫ですか?」(Q5)
「日本人のプレゼンスキル」
「プレゼンテーションの極意」
「デヴィッド・ルヴォーの思い出(1)」
「愚放塾の演劇教育」
「『プリコラージュ』演劇教育法」
 
ホーム >塾長ブログ >ワークショップ > プレゼン演技術その2