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弱いまま強くなるために(26)
2015/7/9 塾長ブログより
 

傷つきやすい青年はどうにも体に力が入らなかった。

意識だけ勝手に動いている。動いているというより、流れ出している。ひた隠しにしてきた恥ずかしいものが外に流れ出している。実際に流れているわけではないだろうが、いままで他人に自分の気持ちをさとられることをひたすら恐れていた青年からすれば、けっして気持ちのよいものではなかった。緊張と弛緩のないまぜになった不思議な感覚だった。

たつやは興奮して立ち上がって熱弁をふるっていた。周りの人たちはいつものこととして適当に談笑しながら聞いていた。

「ひとしは、誰もがまじめだと思うだろう。でも、こいつの本性は、狡賢い。人が見ていなければ練習はサボる、陰口を言う。卑怯なんだ。気が小さいんだ。当時、陸上部に脚の悪い同級生がいた。肢が悪いのに陸上部に入って頑張っているやつがいた。でも、そいつは特別学級に入っていた。陸上部の県大会のときだった。当然、競技には出られない。スタンドで見ているだけなんだが、同じようにスタンドで応援してた、ひとしたちのグループが、そいつの名前を呼び捨てにしてからかって逃げて行ったことがあったんだ。見つけた俺がその集団をとっつ構えて一列に並べて、誰が言ったと責め立てると、一番初めに手を挙げたのがひとしだったんだ。俺には分かっていたんだ。ひとしを前に引きずり出して、ビンタをくれると、へなへなと崩れてそのまま逃げ去ったんだ。情けない野郎だ」

どうも話が見えてこない。たつやは青年の「演技」に感動したのではなかったのか。ざわついていた場がしらっとして静かになった。

当の青年といえば、たつやの言葉を自分の中から流れ出している意識のように聞いていた。自分の恥部があたり一面を水浸しにしている。その不快さをなすがままにしていた。

先生が教師の口ぶりで

「もうやめろ、昔のことをほじくり出して言っても仕方ないぞ、たつや」

すると、たつやは屹度、先生の方へ向きを直して

「そうじゃないんだ、先生。こいつはおれと同じだって言いたいだけなんだ。表向きは元気にふるまっても、小心者で情けない。覚えてる、先生。俺が荒れてた頃のこと。受験を前にして両親と意見が合わずに、家で暴れていた時、突然、家に先生が来た時のことを。先生、覚えてる?」

「覚えてるさ、お前の妹が電話してきたんだ。冬休みの前頃だったかな」

「そうだよ、俺が泣きじゃくって親父と取っ組み合いをしていると、先生が茶の間まで上り込んできてね。先生、その時のこと、覚えている?」

「だから、覚えているって言ってるじゃないか、たつやは、酒も飲まずに酔っぱらっているのか、あはははは」

「土足で人の家に上がってきたんだよ、先生は」

「それは忘れてた、あはははは」

「振り向くと、先生が熊のように仁王立ちしているもんだからあ、勢い余って俺は先生に向かって突撃したんだ。そうしたらあっけなく跳ね返された。悔しいから、もいちど、先生の胸に頭ごとぶつかっていったんだ。背広を鷲づかみにして押したら、先生がずんずん後ずさりして尻もちついたよね。先生、俺を見上げて、その時の顔ったらなかった。情けないったら、ありゃしない。その時、俺に言った一言、覚えている、先生」

「ああ…」

「覚えてないな、先生。俺の一生を決めたあの言葉を覚えてないなんて、教師失格だ。まあ、それは無理もないとして、先生、起き上がりざまに、「おまえ、小さいくせに力あるなあ、相撲取りになったらどうだ」って笑ったんだ、不謹慎だよ、こっちは、高校進学のことで家族で大喧嘩しているのに、相撲取りになれとはどういうことだよ。親父もおふくろもあきれてね、でも、俺はその一言で自分の意志を貫くことに決めたんだ。近くの工業高校へ行くことに決めた。親としては、まあまあ頭がよかったもんだから、普通高校へ行ってほしかったんだが、勉強が好きじゃないし、当時から友達の兄貴のバイク乗り回していたし、機械いじりのほう好きだったし・・」

先ほどから怪訝な顔して聞いていた、さとるが言葉を遮った。

「酔っていつもの調子ならいいんだが、ここはしらふで真面目に話しているんだから、もっと要領よく話せ」

調子よく話していたところをいきなり話の腰を折られてどこまで話したか、分からなくなってぼけっと突っ立っているたつやに、マー君が助け舟を出す。

「機械いじりが好きで、工業高校へ行くって決めたんでしょ、で、それが先生の言葉とどうつながるのよ」

「そうだ、それでぇ、先生の言葉が俺の心に響いてきたのは、実をいうと、少し経ってからなんだけど、そのときは、両親も俺もあきれてあとは例によって先生、俺んちで酒飲んで帰ったよ」

「だから、どおなったのよ、もおう、じれちゃうわよ」

「だから、その工業高校のラグビー部が名門だったわけよねぇ、やだあ~ん、おまえのが移ってる、気持ちわりー、勘弁してくれよ、吐き気がしてきた」

「なぐるわよ!」

「相撲、イコール、ラグビーだったんだ。俺、陸上部では大した活躍しなかったけど、まあまあ足早いし、先生のおかげで、押す力も強いってことが分かったんだ。オール フォー ワン、 ワン フォー オールにあこがれていたし、そんなこんなで工業に入ったって」

眉間に皺を刻んだまま、さとるが苛立つようにして

「お前の履歴書を聞いているわけじゃないんだから、その話と、ひとしに感動したのとどう関係するんのか、ちゃんと話せ」

たつやは、この言葉を待ってましたとばかりのふうを装って、おもむろにうなずくと

「そうなんだ、俺はあの時、真正面から俺を真っ向受けてくれた先生の、なんていったらいいのかなあ、あの厚い胸板の感触、なんていったらいのかなあ、ぬくもりなのかなあ、俺、全部の力を吐き出したんだ、達成感があった、そのあと、俺はひとしと同じように、虚脱感?そのままへたり込んでしまったんだ。ずっと涙が止まらなくて、ずっと泣いていたんだ。人目を気にしてカッコつけて悪いこともいっぱいしたけど、いつもおどおどして少しも肝が据わってなかったんだ。先生が、初めてだったんだ、思いっきり、人に向かって自分を吐き出したのは…ひとしの姿を見ていると、当時の俺を思い出したんだ」

と、たつやは話を結ぶと、自分の席に戻ってビールの缶蓋を開けると、一息で飲み干した。

一人だけ拍手していた奥さんがみんなを見渡して

「うちの人も教師らしいことしているじゃない。でも、それはたつや君にエネルギーがあったからだわ。だって、主人は何もしないじゃない、いつだって、ただ偶然の産物に過ぎないのよ、私との結婚も偶然の産物よねえ、あなた」

「奥さん、その話聞かせてくれないかしら、先生らしくって、たまんないわよ」

「よせよせ、くだらないことはいわなくていい、場がシラケるぞ、あははは」

先生の笑い声が収まると、エアーポケットのような間があいた。

ひとりだけ、青年のほうを振り向いて凝視している動きに注目が集まった。さとるだった。

たしかにその場には、ビールを飲んでいる場合などではないという空気が流れていた。

「ひとしは、たしかに未知の経験をしている。いや、経験してないなあ。経験しないまま経験されている感じかなあ?なんか、わからないけど、修行中、こういうことってよく起こるんだ。意識がもうろうとしているのに、一方ではクリアーな意識が働いている。深く集中していながら、すべてが見えている。夢のような感じだが……いや、ちがう。瞑想中の経験は、説明し始めると、みんな嘘のように感じてしまうから…」

「ひとし君、起こしたほうがいいんじゃないかしら」

と奥さんが先生のほうを見ると、

「いやいや、寝かせてやれ、激しいショックで精神がパニックを起こしているだけだ、なあ、たつやと同じさ」

「先生、たつやは泣いていましたよね、そうじゃあなかったですか。たつやとはまったく違う。ひとしは寝ていません。よく見てください、半眼です。意識は眠ってはいません。もしかしたら…」

「だから、起こせばいいじゃないってさっきから言ってるのにもおう、あんたたちったら、ほんとにバッカ見たい」

いつの間にかテラスの輪が解かれて、またぞろ青年の周りに集まってきた。

カズさんだけは動かず、静かに缶ビールを片手に酔った目でみんなの方を見ていた。

 
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