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愚放塾で3ヶ月学び経て
高橋優磨 26歳
            

みなさん、お世話になりました。この度、愚放塾を卒業となりました一塾生の、高橋優磨と申します。愚放塾生活を言葉で表現するのはとても難しいですが、約3ヶ月に渡る個人的体験談=体感談を、僭越ながら綴らせて頂きます。
  
『1.自分にとっての愚放塾という場』
  
消極的な適材適所(避難所・居場所)に留まらない、積極的な適才適動の場。“異才”たちの話し合いと放し飼いの場。
  
“異才”というのは、価値や意味を後回しにしてさえ、自分の好きなことについてはとことん努力する、あるいは夢中になれる“愚か者”のことです。そのような場としての愚放塾の中で自分は、どれほど愚かになれたでしょうか。
  
愚かになる過程にこそある偶然性や楽しさを見出すことを早々に諦め、効率的に、個人の倫理観にのみ従い、ナンバーワンになろうとしてしまいがちだった気がします。その姿たるや、独善であり、自己愛の塊と言いますか、危険な自由を謳歌してしまっていました。
  
『愚放塾的な自由とは、思い思いの自由でなく、「思い想いの自由」。「思い思いの自由」は、ともするとそれぞれにバラバラで、独りよがりでワガママな自由。対して「思い想いの自由」は、自分だけでなく、相手の独創性が放つ自由をも、思うに留めず、想ったうえでの自由。想い合ったうえでの自由―思い合いが「自由の分かれ立ち」だとしたら、想い合うとは「自由を奏で合う」こと』
  
それがつい、みなさんの優しさに甘えすぎて、いつしかまさに場違いな存在になっていました。これは何も今回に限らず、一つの場に長く留まって腰を据え、地に足をつけ、根づくことが苦手な自分の犯す、悪い癖です。またしても、社会を、場を、一気に独り善がりに創り変えようとする「一人の革命家」を気取ってしまいました。
  
ただ、おかげでと言いますか、場が創られるのも、場が変わるのも、共有する想いがつながり、ゆっくりだとしても着実に広がっていった結果であろうことを、皆さんから学ばせて頂きました。想うに場としての愚放塾とは、自他の縮小化されてきた生命力や天命性を徐々に拡げ合うことで社会を結果的に変えうる「拡命家集団」なのだと感じました。
  
『2.「つくること」・「つかいきること」』
  
「愚放塾は自分を使い切るための場」。これは自分に響いた、同輩塾生のレイくんの言葉です。自分を出し惜しんでいると、人生はつまらない。自分を誰かに「使われ切る」では、生きていくのはつらい。変わることや、変わっていると思われることをおそれずに、自分を自発的に使い切って生きられたこの3ヶ月は、新鮮でした。何の下拵え・熟成・発酵のためかわからないながらも、とりあえず動いて何かを手創りしようとした愚放塾の日々は、苦しい下積み期間というよりか、不思議な仕込みの時間でした。
  
『3.さよなら問回り先生』
  
愚放塾からの卒業は自分にとって、教育コンプレックス、あるいは教育ルサンチマンからの卒業ともなった気がします。
  
「昔から学校社会が苦手で、中学3年で不登校になり、高校は受験すらせず、専門学校も中退し、大学時代もひきこもったりした自分“だからこそ”、教育の在り方を変えることができるし、すべきだ」自分はこれまで独りで勝手にそう思って生きてきました。
  
「自宅塾」を開こうともしたり、今回も将来の「塾の先生候補」として、愚放塾へ参加したりしました。塾のホームページ上で、「問回り先生」などと名乗ったりもしました。それらすべてが今になって思うと、非常に烏滸がましく感じています。自分はただ、自分の教育への私憤を、勝手に人にも押し付けて、独りの教育思想家を気取って、悦に入っていただけでした。
  
つい先日、『不登校・ひきこもりが終わるとき』の著者でもあるヒューマン・スタジオの丸山康彦さんが来塾し、木戸さんとお話ししているのを見ても、改めてそう思ったのです。
  
木戸さんしかり丸山さんしかり、長きに渡る教育(についての真摯な葛藤)経験に基づいたうえで、謙虚に、自身の未熟さを忘れることもなく教育に向き合っているというのに、自分は何と浅はかな姿勢で、上から目線で、教育を思想していたのだろうか。と。
  
木戸さんは「教師-生徒関係とは、悪くいうと権力関係」であると語っていますが、まさに自分も危うく、自宅塾あるいは愚放塾にて、そのような関係を築ききってしまうところでした。
  
そうなる前に自分を、教育コンプレックス・ルサンチマンから解放してくれた愚放塾に、大変感謝しております。
  
以上、またしても悪い癖で、上から目線で愚放塾生活を総評してしまいましたが、これはあくまで自分の体感談です。
  
愚放塾のコンセプトとか存在意義や価値は、塾生や来塾者それぞれがそれぞれに見出したほうが、永遠に無方針で未完成な塾って感じがして、より面白い愚放塾なのだとも思っています。
  
最後になりましたが、はじめての島暮らし、演劇、農業、ひさびさのアルバイト、そして塾生活を経験・体感させて頂きました、小豆島の皆様および愚放塾関係者の皆様へ。
  
私という一不良品人間を、大変優しく受け止めて頂き、ありがとうございました。今までの人生でやったことのないことばかりやったこの3ヶ月。不思議さに満ちた、あっというまの時間でした。今はただただ、からっぽになった感じです。愚放塾に来てからというもの、音楽の趣味が変わったり、体型が変わったりと、かなり生まれ変わった感がありましたが、今のこのからっぽに、ゆっくりとまた新しい何かたちを流し込んでゆければ、自分はさらに面白くてビッグな人間に生まれ変われそうな気がしています。
 
なお、愚放塾を卒業して行政書士業を開業した優磨君の「塾生日記」は
「愚放塾を3ヶ月で卒業した塾生のブログ」から読むことができます。
 

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