「変わる」ための小さな習慣術

身体知という言葉がありますが、思考は身体とセットで捉えるほうが自然でしょう。

自分の思考を支配しているものに敏感になる

愚放塾にはテレビはありません。

たしかにテレビは優れた娯楽機器であり、情報の発信源です。しかし、テレビはいつのまにか見ている人を受け身にします。もちろん、夢中になってみることもあるでしょうが、そこに映し出されていたものはすぐに忘れてしまいます。

それより問題なのは、チャンネルと変えたり、片手間に何かをしながら、ただ漫然と見ている場合です。テレビから流れてくる映像や言葉を、そのまま鵜呑みにしているのではないでしょうか。気がつけば、自分の口から出る言葉が、テレビの受け売りになっているなんてことはありませんか。

テレビはほんの一例です。支配が見えにくくなっている現代において、大切なことは、自分の思考の自由を妨げている物事に敏感になることです。情報リテラシーを学ぶ一環として、愚放塾では、一日の感情を記録し、毎夕食後、それをシェアーし、思考や心理の「とらわれ」に気づくショート・ミーティングを行っています。

自由になるためには、自分の心にウソをつかない

愚放塾のルールは一つしかありません。

自分の心にウソをつかない」ことです。しかし、自分の心に正直になることは本当に難しいと思います。思い込みや打算が邪魔したり、人目を気にしたりと、つい自分の心をごまかしてしまいがちです。自分の心をないがしろにしていくうちに、本来の自分、本当に好きなものを見失っていないでしょうか。

愚放塾では、心に正直になるために、まず良質の人間関係を築きます。そして「ハンドライティング」という手法を使って、毎朝自分の心と対話し、今日の目指すことを自由に決めます。自分の心にウソをつかない日々の努力が、自己を解放し、自由で柔軟な能力を育てるのです。

チャレンジ精神は、「できる」ことを一生懸命にすること

自分で決めた、無理なく、「できる」ことを一生懸命にします。
自分の「好き」なことでかまいません。これは強制でもルールでもありませんが、愚放塾教育の根幹ともいえるほど重要です。

自分で決めた、無理なく「できる」ことを一生懸命にすることが重要なのは、ひとつは、自分で決めることで積極的になれるからです。もうひとつは、無理なく「できる」こと一生懸命することで、頭で想った以上の深い体験ができるからです。

いま「できる」ことを一生懸命しているうちに夢中になったり、楽しくなったり、その揚句には、違うことまでやってみたくなったりします。これが「チャレンジ」のはじまりです。こういった小さな「チャレンジ」を繰り返していくうちに、とらわれていた思考が自由になり、そして、未知のことにチャレンジする精神も養われていくのです。

がん闘病中に人生から教えてもらった、体験談です→「死の経験」を潜ること、それは真の生き方を学ぶこと!をお読みください。

愚放塾の塾生は演劇ワークや農業ワークで身体を使い、その中から立ち会われてくる思考や感性を大切にして、次の行動につなぎなおします。自然に囲まれ、身体を使い、無駄を活かすような、決して便利と言えない生活をすることで、その不便さのなかから、研ぎ澄まされた思考や感性が養われていくのです。

愚放塾では、大学不登校、休学、ニート等の生き方に迷っている若者の演劇ワークショップ、社会人向けには「自己変容」演劇ワークショップ教師向けには「生徒指導に役立つ」演劇ワークショップ、企業向けにはプレゼンテーション上達等の社員研修なども行っています。

→参考として「ほとんどの人は目標を投げ出すが、投げ出さない人の特徴とは?」