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ありのままの自分論(5)
キャラ・コミュ文化とは何か?

2015/4/11 塾長ブログより
 
キャラを演じてコミュケーションを取る若者たち
 
最近の若者は自らキャラを作りそのキャラに合った演技をすることで場に溶け込もうとするらしい。仮面をかぶることで関係を取ろうしているわけである。

「それは自分じゃない、キャラ変えたいけど、もう変えられない」「キャラを演じ疲れた!」と自ら作ったキャラに逆に縛られ汲々としている叫びが聞こえてくる一方で、「そうしたほうが人付き合い楽だから」と場や相手に応じてカメレオンのように工夫を凝らしてキャラを作り変え世の中を渡っている若者の声も響いてくる。

若者のコミュニケーション不足を懸念する声をよく耳にするが、上の話が事実なら決してそんなことはないのではないか。少なくともキャラを用いてのコミュニケーション手段を案出し懸命に場や相手と関係を取ろうと努めている若者たちの姿が僕には目に浮かんでくる。
 
キャラ・コミュ文化のもとは漫画?
 
事実、若者たちのあいだでは「コミュ能力」の高い者が評価されているらしい。僕らのころとはまた異質な進化を遂げているのだろう。もっとも、キャラという虚構世界に由来する類型化された仮面を使っているうちに彼ら彼女らの生きられた世界では悲喜交々のドラマが展開しているといえよう。

たしかにひとつの文化現象である。キャラを演じてコミュニケーションを取る、それは現代の若者文化である。来歴を辿ればいまや世界を席巻しようとしているマンガ文化に行き着くかもしれないが、それよりもバラエティー番組でディレクターの要望に従ってキャラを演じるタレントが「実は~」とその楽屋裏を流して視聴率を取ろうとする昨今のテレビの事情によるところが大きいようにも思える。

いずれにせよ、場の空気を読むことの過剰反応がこの「キャラ・コミュ」文化を生んだ要因であると同時に、とりわけ現代社会がコミュケーション能力を評価する傾向が強いことも欠かせない要因であろう。
 
キャラを演じて面接試験にパス
 
人間の数ある能力のうち、企業が採用に当たって重視するのが「コミュニケーション能力」であり、ここ10年ではダントツの1位だそうだ。企業業績とコミュケーション能力の相関性が若者の心理に少なからず影響を与えていることは間違いない。

ある企業で面接指導を1年ほど担当したが、そのとき器用な若者はいとも簡単に会社側の要望に応じてキャラをつくり印象操作をやってのける一方、不器用な若者に至っては、面接官にどう見られているかばかりに意識が向いてしまい、緊張のあまり自分を見失ってしまう始末である。

前者の若者に軍配が上がるとしても、ある程度の年数を経なければ答えはでない。このまま上手に社会を渡っていける可能性は大きい。が、マンガのようにつるつるのっぺりとした人生しか送れないのではないかという心配は余計な老婆心だろうか。

一方、後者の若者が必ずしも割を食った人生を送るともかぎらない。味わいのある人生を送る可能性も見逃せない。
 
結局は「ありのままの自分」に苛まれる
 
ここでふたたび「ありのままの自分」という手垢にまみれてありふれた言葉が頭をもたげてくる。

ところで、前者も後者もいずれも、遅かれ早かれ、ありもしない「ありのままの自分」に苛まれることになるように思えてならない。

ここでも繰り返すが、「ありのままの自分」、もっともふさわしい言葉を早急に見つける必要があるが、来歴を同じくして出生の違う「ありのままの自分」を練り上げる必要がある。

to be continued
 
ありのままの自分論(6)
 
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