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ありのままの自分論(6)
若コミュ文化とは?

2015/4/12 塾長ブログより
 
「キャラ・コミュ文化」は進化してきた!
 
僕らの幼い時分には、「チャンバラ」で宮本武蔵だの、塚原卜伝だのと言ってはキャラ遊びに興じたものだった。女の子には「ままごと」というキャラ遊びがあって、そこに招かれるといやがうえにも呼ばれた通りのキャラを演じなければならかった。そういえば、お医者さんごっこという悩ましいキャラ遊びもあった。

若者たちのキャラ化ももとはと言えば、おそらくはキャラ遊びの延長であったのだろう。軽いノリで遊んでいるうちに、そのキャラ遊びがコミュニケーションの手っ取り早い手段になり、いつのまにか仲間うちで自分の居場所を確保とするツールになったのではないか。挙句は、アイデンティティの変容した個性のようなペルソナとして使われだし、場や相手に応じてカメレオンのようにキャラを次々に変える「キャラリング」を使いこなす若者さえ現れるようになった。

若者たちに広まる「キャラ化コミュニケーション」の来歴、もっともいつごろから始まったのかは定かではないが、その来歴を推測も踏まえて辿ってみると、これだけはいえる。

「キャラ・コミュ文化」はたしかに進化していると。

安易に進化と呼ぶことに抵抗を感じる人がいるかもしれないが、ひとまず僕は進化と考える。
 
若者言葉の変遷、その1「むかつく」
 
ここで、とりわけ対人関係における若者コトバの変遷をふりかえることにしよう。そうすることで、「キャラ・コミュ文化」に至るまでの若者の人間関係における心理的動静が読み取れるばかりではなく、「ありのままの自分論」にかかわる重要な問題が潜んでいるように思えるからである。

たとえば、少々古い話になるが、僕が教員になりたての頃、1980年代のはじめごろであったか、生徒が「むかつく」という言葉を頻繁に使ったのを覚えている。この言葉は、現在では市民権を得て若者に限らず使われているが、はじめて言われた時の得も言われぬ嫌な感じがいまも心に残っている。

この「むかつく」という言葉は「頭にくる」とか「はらわたが煮えくりかえる」という言葉の代用ではない。ストレートに感情を示す言葉では言い表せない感じを若者たちが率直に言い表した言葉であろう。

怒りがあるのだけれども、それを吐き出すこともできなければ、飲み込んでしまうことも出来ない状態。怒りが頭まで突き抜けず、あるいは、怒りを腹にまで落とすことが出来ず、その中間の胸でつかえているような身体感覚をそのまま表現している。

この言葉にはきっと当時の若者たちが感じていた人間関係の複雑さが反映されているのだろう。人間関係の煩わしさに背を向けた彼ら彼女らが編み出した苦肉の処世術とも思われる。他人と正面切って向かい合うことをせずに、感情を抑え、言いたいことも言わずに(言えずに)耐えている。もちろん、自分が傷つかないように守るために発した言葉にはちがいない。いまやすでに中年の域に達している当時の若者たちの人間関係にわだかまった心の声であったろう。
 
若者言葉の変遷、その2「いかつく」
 
ところが、90年代にも半ばに差し掛かると「いかつく」という言葉を耳にするようなった。「むかつく」から「いかつく」への言葉の変化、それは微妙な身体感覚の変化でもある。いったん受け取った怒りを、受け入れもせず、吐き出すこともしない「むかつく」の状態が、かろうじて保っていたそのバランスを崩し始めたのである。いままでは「むかつく」で済んでいた怒りが、それでは済まなくなってしまったのだ。

ともあれ、若者たちを取り巻く状況が変化したことを如実に表しているといえるだろう。

自分を傷つけるような状況をいち早く察知して「むかつく」という言葉で済ましていた事態がそれではすまなくなり、胸につかえていた怒りの感覚が上昇して喉もとの吐き出す寸前のところまで来たのに、怒りを残らず吐き出してしまうようなことができない。彼ら彼女らの切ない怒りの表現なのである。
 
若者言葉の変遷、その3「うざい」
 
このことは「うざい」という言葉にもそのまま当てはまる。

80年代によく使われた「うざったい」が90年代に半ばになると、「うざい」に変化した。そもそも「うざったい」という言葉は東京多摩地区の方言だったといわれている。それが80年代に若者によってとりわけ人に対して不快、嫌悪の感情を表す言葉として用いられ、それが都内広域に広まったのがはじまりらしい。

「うざったい」という言葉は、「濡れた畑に入ったような不快な感じ」という身体感覚がもとにあり、たんに不快な気持ちを表す方言だった。しかし、若者に使用されるようになってから、人に対する不快感を表す言葉として使われるようになった。方言から共通語へと昇格したこの「うざったい」はさら「うざってー」へ、そしてに「うざい」へと変化を遂げる。人に対する不快感をより強めていくいっぽう、不快を生じさせた相手に対して正面切って感情をぶつけはしない。「むかつく」と同じ心理を共有している。

要するに、「うざったい」、この言葉は、いくら不快だといっても、面と向かって文句をいうのではなく、相手に対して嫌だという感情を斜めから強烈に言い放つ言葉である。そして、「うざい」は、「うざったい」より簡潔でさらに強い表現である。表現こそ強くなったが、相手を攻撃するというよりも、相手の反撃をそらすようにして使われるのがミソである。

言い争ったら到底かなわないと思われる相手に対して、相手の矛先をかわすことで、いやおうなく身を守っているような使われ方をする言葉である。「うざったい」も「うだい」も端から対話を拒否して自分が傷つくのを守るの言葉である。そして、「むかつく」から「いかつく」の変化に見られるように、意味を強めながらも、決して相手と向き合って喧嘩話ない態度だけは保持される。決して相手に対して決して門戸を開こうとしないのだ。そこには弱者の心理作用を読み取ることが出来る。

したがって「うざい」も「いかつく」もその感情をより募らせた不快、怒りの言葉でありながら、その現状を何とか打開して何とかしようとするものではない。自分的」には不快でいらいらして腹立たしい状況であっても、自分ではどうすることも出ないという心理状態を表しているのである。
 
若者言葉の変遷、その4「きれる」
 
ところが、90年代の終わりには「きれる」という言葉があらわれる。外からの圧力に堪えきれなくなって、いままで我慢していた怒りが一気に吹き出てしまった感がある。自分でコントロールしようとしてかなわず最後には「怒り」に身を任すしかない状態である。生の感情が迸るように放出されたにはちがいないが、もともと受身形だった感情が持ちきれなくなって激しく表出したものである。「きれた」状況では、もとより対話が成立するはずもない。やはり若者の追い詰められた感情表現といえるだろう。

ここまで、1980年代から2000年ごろに至るまで、「むかつく」に端を発して「怒り、不快」の感情を表す若者言葉の変遷を見てきたが、共通して言えることは、相手の衝突をさけるように感情を鬱屈した形で出していることにある。ここにいまの若者像を垣間見ることはできないだろうか。

彼ら彼女たちには、感情、とくに怒りなどの負の感情を表に出すことをためらう気持ちがある。そして、最近の若者からは、我慢が限界になったときに爆発する「きれる」という言葉すらもあまり聞かなくなった。
 
若者言葉の変遷の総括
 
この30年のあいだ、若者の心理に通底するのは、面と向かって感情をストレートに出したら後始末をするのが面倒くさいという気持ちが働いているように思われる。いったん壊れた関係を繕い直す仕方を小さいころから学んでこなかったがゆえに感情を極力抑え、斜に構えた言い方でしか感情を表現できないということになるのだろうか。

しかしながら、いまの若者に限たことではない。僕らの年代でもその上の年代でも両親や祖父母から少なからず感じている気持ちである。ここ20,30年前から始まったことではないだろう。「できるだけ争いは避けて、協調して生きよ」、この「教え」は、その昔からずっと行われてきたのではないか。

家庭のしつけや学校教育に因を求めるというよりも、社会状況の変化に原因を求めるほうが妥当なように思えるが、いかがだろうか。

社会がより複雑になるにつれ、より効率性、有用性を求めていくようになる。議論はもとよりあれこれ不平不満を言い立てる人間は敬遠され排除される傾向も強くなる。感情を表に出さず指示されたことをテキパキとこなす人間がいわゆる「使える」人間として歓迎される。そんな社会状況は現在に至っても続いている。その企業論理が若者社会全体を覆って彼ら彼女らの思考から感情までを支配している。そうまとめてしまうのはあまりに安易であろうか。

80年代からの若者コトバの変遷をざっと通覧してみた。そして抑圧という観点から、コミュニケーションにおける若者の表現文化を現在に至るまで、その道筋を辿ると次のように3つの段階に区分される。僕はこの3段階を表現の弁証法と呼びたい。

負の感情をストレートに出せないでその抑圧を鬱屈した言葉で表現した(屈折表現)の段階。さらに空気を過剰に読み合う神経戦によって脅迫的抑圧の生じる(表現疎外)の段階、そしてキャラを演じることで自分を横滑させながら抑圧に風穴があく(新表現)段階。

この30年ほどの若者コトバに言及しながら若者のコミュニケーション文化を総ざらえしてみたが、いかがだろうか。
 
最後は、「ありのままの自分」に行き着く
 
若者コミュ文化の歴史は、一見自己抑圧の歴史のように見えるが、僕は自己表現における進歩の歴史と捉える。たしかにありのままの自分は抑圧されたままかもしれない。しかし、ありのままの自分などないとすれば、抑圧は存在しない。

さらに僕が進歩と捉えるのは、この欄で再三にわたって主張している「ありのままの自分」の機能面である。この機能をこれからは「原自」と呼ぶことにするが(原動機付き自転車とは全く関係がないが、意味合い的には似て非なるものである)、その「原自」は若者たちのコミュ文化の進化によって着実に練り上げられてきているのだ。

to be continued

 
ありのままの自分論(7)
 
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