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ありのままの自分論(8)
「あるがままの自分」を肯定することが変化を生き抜くコツ

2015/4/14 塾長ブログより
 
「自分を変えたい」と願うこと自体が循環論法である
 
「自分を変えたい」と願う若者は多いだろう。しかし、そう願いながらも彼ら彼女たちはなかなか自分を変えることができない。変えられないのにはわけがある。彼ら彼女たちに共通した性格が障害となっているのだ。

「自分を変える」以前に、人目や場の空気を気にして、思い通りにふるまうことができないことにある。

裏返せば、人間関係において思い通りにふるまえないから「自分を変えたい」という願望が生まれるのだ。出口のない、ぐるぐる回りの循環がある。
 
全く同じことが、「キャラ・コミュ」文化にも言える
 
キャラをつけて場に溶け込もうとしてかえって、そのキャラに縛られて思い通りにふるまえないことに苛立ちを覚える若者たちにもいえるのである。

人目や場の空気を気にするあまりにキャラをすら取り換えることができず、「キャラ疲れ」に悲痛な叫びをあげている彼ら彼女らが、もとより内面の鬱屈した自分を人目を気にせず表出できるはずもない。

それでは、さまざまなキャラを相手や場によって使い分け、人間関係の網目を軽やかにスキップする若者なら、どうだろうか。この若者たちに「自分を変えたい」という願望はないのかもしれない。

とはいえ、自分についてまわる偽者の感じを洗い去ることはできないだろう。仮面はいやおうなしに類型化を言動に課してくる。オンデマンドサービスのようにキャラを使い分け演じることが、まさしく物まね芸人のそれのように人格の類型化を披露することになっている。コミュケーションツールとしてそのふるまいが洗練され職人芸の域に達したとしても、である。
 
仮面の下にまた仮面があっていいのだ!
 
もし演劇サークルの主婦たちのように場に合わせ相手に応じて役柄を演じながらも、自生的にあるがままの自分を表現できたら、意識せずともつねに自分は変わっていくのではないだろうか。

役柄を演じながらもその仮面の下からもう一つの仮面が覗き、たえずガス抜きされる。彼女たちの演技には、単純な類型化に陥らない多様なストッパーがかかっている。

昨日の話を例にとるならば、相手の憂さ話を親身に聞くフリをしていても、話の流れによってはその聞き役を踏み外して、それが潮目になって自分が話す方に回ってしまったりする。ちょっとした立ち話であっても、しばしばそのような転換が起こる。

彼女たちは図々しいように見えて敏感である。人目や場の空気に無頓着なわけがない。人目や場に支配され気息奄々の若者とはちがって、人目や場に逆らわず味方につけ、人目や場の力を利用する。

もとよりあるがままの感情に素直である。無理に抑えたりはしない。役柄を演じながら、その感情を巧みに盛り込む。あるがままの自分を肯定して、役柄を通してありのままの自分を演じるのである。
 
自己複雑性とは?
 
心理学者リンビルは、上述のようなあり方を「自己複雑性」と呼んでいる。

ある人物は、自分に対する認知を社会的役割の分別(例えば、私はスーパーのレジ係、私は自治会の会長、私はテニスプレーヤー、私は子どもの母親、私は友人)によって組織化しているかもしれないし、あるいは、対人関係の種類(子どもの前での私、夫の前での私、職場での私、旧友の前での私、ライバルの前での私)で組織化しているかもしれない。
さらに、自己に関する表現法は、特定の出来事や行動についての情報を含んでいるかもしれない(例、「私は今日会社で6時間働きました」)。あるいは、繰り返された観察から発展した一般化を含んでいるかもしれない(例、「私は働き者です」)。
上の例は社会的な役割等きわめて自己の複数性に対する、表層的な叙述ですが、自己の中には、まだまだ可能的なポリフィニー的な個が驚くほど存在しています。

リンビルは、自分を多面的に捉えず単純に捉えている人は挫折に弱いが、自分を多面的に捉えている人は挫折に強いと主張する。そもそも人は自己中心的な視点で複雑な現実に自己を適合させようとする傾向があり、一面的で視点が少なければ、いきおい変化にも対応できず、挫折しやすいと述べている。

自分は強い人間だとか、誰にも負けない等、自尊心の強い人ほど、実は自己否定感が強く、自信がないという報告もあるが、リンビルの理論に則るならば雑駁に聞こえる。

そうではなく、頑固なプライドが邪魔して、柔軟に自分を変えられないから状況の変化に弱く、また、ちょっとしたミスでも自分を許すことができないから容易に立ち直れない、そういう自己複雑性の低い人を指しているのであろう。逆に、あるがままの自分を受けれて謙虚に自分を捉えている人のほうが、柔軟性があり、挫折にも強いことを私たちは経験的に知っている。

「自己複雑性の理論」については、次のような報告もあるので、ついでに挙げておく。

自己複雑性が低い人の方が、失敗フィードバック後の回避反応が顕著であることを見い出し、失敗による脅威に対して、自己の複雑性が緩衝効果を与えている。さらに、自己複雑性の低い人は失敗後の作業成績が低下するが、自己複雑性の高い人は失敗後の作業成績が向上しており、自己複雑性は否定的な感情を和らげるだけでなく、積極的な対処を生み出すという行動面にも影響を与えている。
                                                             Dixon & Baumeister(1991)

    
to be continued

 
ありのままの自分論(9)
 
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