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弱いまま強くなるために(完)
2015/7/30 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は、人前で、しかも裸になって立っているのが、自分でも正気の沙汰とは思えなかった。いままで考えてもみなかったことが現実に起こっている。

青年が裸になって一番喜んだのは、たつやだった。

「俺のも大したことがないが、お前のちっちゃいなあ、ああああ、まあ、よくも人前で素っ裸になれたもんだな、こんなちっちゃいリッパなものを見せてなあ」

と、たつやが言うと、笑いが起こった。

青年は恥ずかしさで体中に熱球が飛び回った。興味本位の視線に射すくめられ例の癖が出た。身体がくねくね動きだして止まらない。この場から逃げ出したいが手足が言うことを効かない。

たつやだけが顔を崩したまま青年を見ている。

いつもの面白半分の「やらせ」か、さとるが、「たつや、おまえも裸になりたいんんだろう」と促す。

たつやは待ってましたとばかり、服を脱ぎ始めた。そして、素っ裸になると青年の傍らに立ってその動きを真似しながら、子供のようにはしゃいでいる。

もちろん、青年は、こんなに辱められていますぐにでも逃げ出したかった。しかし、いつもとは違う自分も感じていた。妙に冷静な自分がそこにいた。周りがよく見える。ひとりひとりと視線を合わせた。奇妙な感じがした。

この人たちの目が奥までよく見えた。その目はどれも優しい水を湛えている。この人たちはどこまでも自分を支えてくれる。思わず熱いものが込み上げてきたが、同時に、思いっきり裏切ってみたい思いも宿していたのだ。

期せずして腹の底から笑いが突き上げてきた。ひとしきり笑った。決して大きな声ではない。むしろ喉を詰まらせたような掠れた笑いだったが、青年とっては渾身の笑いだった。

不意に訪れた意味のない笑い声に、あたりは水を打ったように静まり返っている。周りの者は、ダビデ像のように均整のとれた青年の火照った体を前にして、青年がこのあと何を言い出すのか、その時を見逃すまいとして見つめている。

青年がようやく口を開いた。いつのまにか体の動きは止まっていた。

「すべてをさらけ出したいだけなんです」

青年は小さいながらも、はっきりそう言うことができた。

離れたところから今度は、カズさんの声がした。

「なぜ動きを止める?その動きをどんどん大きくしろ、自分を真似して自分から逃げろ」

青年は、言われた意味がさっぱり分からない。突っ立ったまま躊躇していると、まー君が翻訳を買って出た。

「カズさんが言ってるのはね、あんたをあんたでコピーにしなさいってことよ。コピーするといっても、ただするじゃけじゃあだめよ、大げさに真似にするよ。そうして、どんどん自分を変化させていくの、そうするとね、自分がよく見えるわよ。びっくりするくらい…あたしね、カズさんを前に、はじめてカミングアウトしたの。その時のやり方もいまとおんなじ、それで、はじめて私は身の振り方を決めたのよね、そうよね、カズさん」

カズさんの耳には、昔のことは聞こえないことになっているようだ。いま起ころうとしていることにしか興味がない。酔っぱらいながらも、その局面のタイミングをちゃんと測っていた.

青年は、カズさんからたつやのほうへ視線を移した。たつやは、すでに観客になっていた。あぐらを組んで反り返って両手を後ろにして青年を見上げている。たつやと目が合ってしばらくして、青年の方から切り出した。

「たつやさん、僕の真似してみてくださいませんか。もっとデフォルメして、ふざけたようにしてかまいませんから、してくれませんか。それを僕が真似します」

たつやが立ち上がろうとすると、

「だめ、だめ、自分で真似するんだから、そんなんじゃだめなのよぉ」

と、まー君が止めに入る。さとるも続けて

「まさしが言ったやり方を聞いて思い出したんだが、ひたすら今の自分をモニターする修業があるんだ。内面に浮かんで消える思考やら感情らをつぶさに見て、今を小刻みにずらしていくんだよ。自己変容の修業だ。自分をひたすら見ているうちに、見ている方の自分が変わっていくんだ。上級者の修行なので、俺はやったことがないけど…」

缶ビールを板に叩きつける音がした。

「ケツの青いやつらがつべこべ言うな、つべこべ言う前に、自分の真似踊りをやってみろ」

すると、たつやが

「カズさん、僕もやっていいですか」

カズさんのほうから、缶ビールが飛んできた。どうやらオッケーらしい。

先生が「ボレロがいいなあ、カズさん」

また缶ビールが飛んできた。それをみると、奥さんが家の中に入っていった。

青年は何かを了解したようだった。下の方からなにかが立ち上がってくる。怒りだった。自分を壊したい衝動に駆られた。

青年に力が入った、その一瞬をカズさんは見逃さない。鋭い声が飛んできた。。

「いいか、上手く踊ろうとか、自分を晒したいとか、下手な真似はするな。頑張ったら、すべてがぶち壊しだ、いいか、ただ、自分の真似を素直に踊ればいいんだ。」

奥さんがCDデッキをもって戻ってきた。すぐに「ボレロ」の打楽器のリズムが流れてきた。

カズさんの言葉で、気勢をそがれた青年は、しばらく動くことができなかった。たつやが、青年の前に躍り出て、リズムに乗って青年の癖を真似している。カズさんの訳のわからない声が飛んだ。奥さんのほうからも、やはり訳のわからない笑い声が聞こえる。

どのくらい時間がったのだろう、まー君とさとるも混ざって踊っている。二人とも素っ裸になっている。

青年と言えば、いつの間にか、テラスの中央で踊っていた。見たこともないような奇妙な動きになって陶酔している。さなぎから抜けたばかりの、ぎこちなく翅を震わせながら全身を激しくくねらせいてる蝶の、世辞にも可憐とは言えない、生死をかけた舞のようにも見えた。

テラスの上の4人の青年が、ボレロが高まるにつれ激しく付いたり離れたりを繰り返しながら、次第にシンクロして最後は一体となった。踊り燃えて土くれと化したのだ。

青年たちの命の躍動の一部始終を見ていた三人の大人たちもおもむろに立ち上がると、その土くれを手厚く葬るようにそのまわりに立っている。いつまでも黙って立っていた。
 
弱いまま強くなるために(27)
 
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