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弱いまま強くなるために(24)
2015/6/29 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は、突き上げてくる塊がすでに自分を抜け出して身体から滲みだしているのを感じていた。目に映る世界が奥行きのある映写幕のように思えた。遠くに煌めいている木々もそっと手を延ばせば触れられるような感覚があった。

青年は声を上げた。が、声にならなかった。青年はひざを折り曲げるようにして踏ん張って、何度も何度も下から突き上げてくる力に身をくねらせた。すぐそこまで出かかっている言葉を発しようにも、気道が捩れて吐しゃ物を吐き出すような声にしかならなかった。

青年は、あてどなく全身から絞り出される異様な声を他人事のように聞いていた。傍から見ているのとは全く違っていた。頑張っているという感覚はなかった。もちろん、苦しみもなかった。心地よさだけがあった。

ただ青年の周りには臭気が立ち込めていた。胃液の匂いではない。罠にかかって苦しんで吠えている獣から発散される体臭の、酸が腐敗したような匂いに似ていた。

カズさんは、青年の前に立ったまま身じろぎひとつしない。

鼻の頭を赤く染めた青年が声なき声を発している姿には、もはやの道化師の滑稽さはない。周りの人たちは固唾を飲むのさえ忘れてその異様な生き物の成り行きを見守っていた。

石のように立っていたカズさんが動こうとした瞬間、さとるが立ち上がった。

「止めていいですか」

さとるがカズさんに近づこうとすると、

「どけ!」と突然、カズさんはテラスに飛び乗った。

青年の後ろに回って腰のあたりを両手でつかんでしっかり青年の体を支えると、耳元で何やらささやきながらゆっくり足を広げさせて重心を落としていった。青年の声が大きくなった。体が前後し始めて煽るようにとめどなく声ならぬ声を繰り出している。

「危ない!」とさとるが叫んだ。

カズさんは青年の体を押さえつけて強度を確認すると、両手を両肩においた。カズさんは両手の力で青年の身体を沈めてその背中にのしかかった。青年はちょっとよろけたが持ちこたえて、ちょうど「おんぶ」のような格好になった。背丈のある青年にカズさんがしがみついているようでもあった。

「声を出せ!」とカズさんが耳元でいう。

青年の口がわずかながら上方を向いた。息を吸い込んだように見えた。ふいに突拍子もない声が響き渡った。汲めども尽きぬエネルギーが青年の体を貫いて天に向かって噴き上がっているようだった。ほんの数秒に過ぎない出来事だったが、時間が止まった瞬間だった。

青年はカズさんの重みで崩れ落ちるとそのままうつぶせになった。シンクロした動きでカズさんもその上に覆いかぶさった。二人とも全く動かない。二つの体が処刑のあとの死体のように重なり合っている。こんもり盛られた土くれのようにも見える。陽が傾いてテラスにはまだらの木漏れ日が二人の塊にゆがんだ影を描いている。

ひとつの舞台のようである。

誰もじっとして動かない。小鳥の声が相変わらず聞こえるだけである。土くれと化した二人に視線は注がれている。白い蝶が舞い込んでその上をたよりなく旋回してまた風に撒かれるようにどこかに消えていった。

カズさんがおもむろに体を起こす。ゆっくり立ち上がる。青年を見下ろしながら、

「これで終わったわけじゃあないよな」

と、まー君のほうに言葉を投げた。

「はい」

と答えるや否や、さとるが立ち上がって

「もう、やめにしましょう。これ以上は危険です。彼は下手すると戻ってこれなくなりますよ。何度も見ているんです、そういう人を。修業中に気がふれてそのまま廃人・・」

カズさん、言葉をさえぎって

「お前に何が分かるんだ。こいつは大丈夫だ。目を見ればわかる」

「っていうか、カズさん、ほんとやばいっすよ、俺、タイで・・」

「つべこべいうね~インテリは?そういうの嫌いなんだよね~知ってていってるのかっ!」

カズさんが凄んでさとるを睨むと、さとるも90キロはあろうかという巨体をゆすらせて構えている。

遠巻きに見ていた先生が駆け寄けよって止めに入ろうとしたとき、もっくりと青年が起き上った。

二人を見上げるようにきょとんとしてしている。鼻の赤い青年のとぼけた表情で、緊迫した空気が一気に緩んだ。

「よくやったぞ!ひとし、お前が主人公だ!あはははっ」

場は一転、笑いに包まれた。

間髪入れずにまー君がテラスの中央に躍り出て、

「これにて本日の公演は幕とさせていただきま~す」

と、おどけた。

奥さんは顔をまん丸くして思いっきり手を叩いている。芝居が終わって感極まった観客が俳優に拍手を送るように、奥さんの手もいつまでも鳴り止まない。体育教師のたつやは、一目散に青年のもとへ駆け込んだ。青年の帽子を取るとその頭を抱えて何か言いながら、犬のように何度も何度も顔をなでつけている。その傍らでは、カズさんとさとるが、いや、先生までが、肩を組んで抱き合って怒鳴り合っている。

一体何があって何が起こったのか分からないくらい、またしてもこの場は収拾のつかないほど騒然となっている。
 
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