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弱いまま強くなるために(22)
2015/6/11 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年はテラスの中心に立たされていた。テラスのきれいに掃き清められ白木の簀子が無機質の金属のように冷たく輝いている。

いつものようには事が運ばなかった。いつもならあのまま雑草談義に花が咲き、ビールでも飲むかということになり、料理好きの奥さんがさっさと調理した雑草料理がテーブルに並んで、さあと飲み食いが始まるはずであった。思いつきの成り行きで過ぎていく独特の時間が今回に限っては、先生がさてビールかなと立ち上がろうとした途端、まー君が待ったをかけたのである。

「ビールは後にしましょう。こいつが芝居をしたくてうずうずしてますからね」

その一言で流れが修正され、青年が舞台に立つことになったのだ。

「カズさん、お願いします」

と、まー君がテラスの脇に位置取って仕切っている。青年は嫌な予感で満たされた。突き出したテラスをぐるっと囲むように先生はじめほかの連中が思い思いの場所で青年に視線を注いでいる。昼前の強い陽ざしがそれぞれの顔を翳らせて一人ひとりの表情は分からないものの、これから起こることを期待している事が明らかに読み取れる。祭りの前の宵宮のような雰囲気に満たされていた。

青年は胃と食道の肉壁が締め付けられる感覚があって苦い胃液が口の中に滲んできた。手は小刻みに震えている。青年はうつむくのがやっとだった。

青年の様子をじっと見ていたカズさんが口を開いた。

「奥さん、帽子あります?それから、口紅も」

「主人の帽子でいいかしら」

「なんでもけっこうです。それから、帯び締めのような紐があったら、それも」

「わかったわ、帽子と口紅と帯び締めね」

というと、家の中へ入っていった。

「手が震えている。その震えを止めてみてくれない?見苦しくてたまらないからさ」

と、カズさんがさっそく注文を出した。

青年は嫌な予感が的中したと思った。と同時に手が大きく震えだし止まらなくなった。顔は上気して真っ赤だ。足もガタガタと音がするほど震えて立っていられないほどである。どっと笑いが起こる。見世物として引きずり出されているような屈辱感に耐えられなった。その場を立ち去ろうと一歩踏み出た、そのタイミングを図って、カズさんの声がする。

「まさに道化役者だ、先生の言った通りだ!」

カズさんにしては珍しい鋭い声だった。。

「どうだ、俺の言った通りだろう」

と、今度は離れたところから野太い声がする。教え子たちが振り向くと、先生はいつの間にか場所から離れてカメラを構えていた。

青年は馬鹿にされているような気持になって一旦止めた歩を進めてテラスから降りようとする。

「降りたら、あんた負け犬になるわよ!」

と脇からまー君の鋭い声が飛んできた。

「負け犬?もう嫌だ、嫌だ!お前の指図など聞きたくない」

しかし、喉元まで出てきた言葉が声にならない。青年はいたたまれなくなった。込み上げた怒りをどうすることもできずにいつものように押し殺して、またもや手が小刻みに震えている。

そこへ奥さんが戻ってきた。

「大きな笑い声がしたわね、ひとし君、なにか面白いことでもしたの」

と、青年のほうを眉を八の字した憎めない顔で見つめている。まー君が奥さんの期待に拍車をかけるように

「ええ、奥さん見損ねましたね。あんな面白い芸、もう二度と見られないかもしれませんよ」

と、軽口を叩く。奥さんも間をおかずに

「分かったわ、もし見れなかったら、おいしい料理はおずけね」

と返す。すかさず先生が口を挟んで

「そりゃこまる、ひとし、頼む、抱腹絶倒の芸をやって見せてくれ、ビールのために」

とテノールを響かせると、その低音が合図となって、教え子たちのやんやの声援が飛び交う。

「タツ、まだ脱ぐのはやいぞ、お前の芸は真っ暗にならないと見るにたえないからなあ」

と、さとるがタツヤにお決まりのやつを振る。タツヤは待ってましたとばかりテラスに上り込んでズボンを下げるふりをする。そして、みんなで止めに入ってふたたび騒然となった。お約束の儀式が終わってようやく場が鎮まると、カズさんがおもむろに

「奥さん、すいませんが、ひとし君の鼻を口紅で赤くして、それから、帽子をかぶせてくだませんか」

奥さんは口紅と帽子を持ってにこやかに青年の元へいく。突っ立ている青年を前に背伸びをして鼻の頭に口紅を塗ると、青年は気まずそうに頭を突き出して帽子をかぶせてもらった。もはや青年は母に甘える子供のようになすがままになっている。またしても方向の定まらない場の流れに巻き込まれて青年はいつのまにかピエロの格好をさせられる羽目になったのである。

テラスから降りるときを逸した青年は、これからカズさんの慣れた手並みで段取りよく料理されていくのであった。
 
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