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弱いまま強くなるために(21)
2015/6/9 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は木々のほうへ退いた。テラスの上でまー君がカズさんと話しているのを眺めながら気持ちを落ち着かせていた。

…なぜこうなってしまったのか…そうか、先生の言葉だ、道化役者か、よく言うよ…先生、中学のときの俺をお見通し、それでも…

無骨な先生の優しさが薄く光る葉裏に反射しているようだった。さらさらした陽ざしが木陰にあふれていた。

テラスでは、マー君がひとり立っている。手を叩いて口上を述べている。カズさんが合いの手を入れるように何か言って奥さんの笑い声が聞こえる。青年は芝生に座り込んだ。水族館の水槽を泳ぐ魚でも見るように場の様子を眺めていた。

青年は中学生の頃の自分を記憶の中に見ていた…学校から帰ると疲れてそのまま部屋に閉じこもって夕食も食べない時がままあった。そんな時は決まって雨戸を全部閉めて部屋を真っ暗にした。闇は心を落ち着かせてくれた。闇は衣をまとわない。闇の肌触りはすり減らした神経を一呼吸で癒してくれる。そのままベットで眠ってしまう…そういえば、最近は映画館にご無沙汰しているな…先生と再会したのも映画館だった…

青年を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、お待ちかね、出番だ」

と威勢のいい声が届いた。

…演るとはひと言も言っていないのに…

青年は不承不承にゆっくり立ち上がるとそこを離れた。車の音にふと見るや、先生たちが帰ってきた。車のドアを開けて先生が笑っている。

「まるっきりだめだよ」

と、何食わぬ顔でカメラマンバックを肩にかけて手をぶらぶらさせている。体育教師がポリ袋をいくつも提げて降りてきた。運転席にはまださとる君の姿が見える。車の位置を几帳面に何度も入れ替えている。

青年は何と言おうかためらっていると、奥さんの声が聞こえる。

「あら、主人たち、帰ってきたわよ、早いわねえ、何かあったのかしら」

3人とも怪訝そうにこちらを見ている。先生たちの姿が見えると、まー君が立ち上がって

「なんだ、また草でもむしってきたのか」

と冷やかしている。

「やあやあ、こいつがへばってしまってね、引き返してきたよ」

と先生、体育教師の頭をポンとたたく。

「へばったわけじゃあなくて、水かさが増してたんで、無理しないほうがいいって言ったんだよ」

と言うと、少々照れた表情を紛らすように体育教師はポリ袋を奥さんに差し出した。奥さんが最初のポリ袋を開くと、雑草の野趣あふれる香りがぷんと立ち上がった。

「まあ、たくさん、全部種類が違うでしょう」

と言って、いくつものポリ袋の中身をひとつひとつ開いて確認するように覗いている。

「オランダガラシに、ノゲシでしょう。ヨメナ、まあ、スベリヒユもあるわね。私、好きなのよ、ほうれんそうを濃くしたような味でね。今晩楽しみね」

みんなのほうを見ると、いままできょとんとしていたカズさんも覗き込んで、

「今日から俺は牛になるぞ」

と言って、牛の真似をし出した。

テラスに牛が出現した。のっそりとテラスの周りを四足で歩くと、開いたポリ袋に顔を近づけ、むしゃくしゃ食べるふうを見せる。顎のあたりに意識を集中させ、ことさら顔をこちらに向けて牛の食べ方を見せつける。さながらカメラアップで顎あたりが映し出されているような錯覚を演出。顎がゆっくり大きく横に動いては、あたかも牛が草を食べている如きありさまがデフォルメされ、そのリアルもどきのあざとい芸にその場は抱腹絶倒の渦。最後は牛の鳴きまね。長く野太い牛の声が庭に響き渡った。大きな拍手が起こった。

先生は、その様子をすかさずカメラに収めていた。

「カズさん、現像したら額に入れて写真贈りますね。いまね、二重露光に凝っていましてねえ。ワンショットの渓谷の風景のうえにカズさんの牛を重ねたんですよ…渓谷の中で牛を演じるカズさん、おもしろいポートレートになるな、こりゃあ、楽しみだ、あはははっ」

先生が何かをたくらんでいる少年ような表情を浮かべて得意げに話していると、そこへ釣道具一式を持って、タクシー運転手のさとる君がやってきた

「やれやれ、あいつ、体育教師のわりに体力なくてね。自衛隊で何鍛えてきたんだかね~」

紹介が遅れたが、体育教師の名はたつやと言う。みんなからはタツと呼ばれている。中学の陸上部での経緯はすでに述べた。札付きの不良だったことも書いたが、その後のことについてはつい失念して書かずじまいだった。

悪さばかりをして教師の手を焼かせたものの、まずまずの成績だった。工業高校に入った。卒業後、何を思ったか、自衛隊へ入隊した。訓練に耐えきれず脱走し、そのまま除隊になり、その後体育大学に入学し、体育の教師になったのである。

陸上部でもさほど練習したわけではなく、記録も大したことはなかった。当時から体も貧弱で体力もなくおよそ体育教師の資質に恵まれているようには思えない。

自衛隊ではこっぴどい目に会ったらしい。泳げないにもかかわらず、海に放り投げられて溺れ死ぬ間際に陸に上げられ一命を取り留めた。泳げるようになっても、泳ぐというより一日中海に放っておかれるらしい。これも訓練だという。だただ波間を漂っているだけの訓練。昼時になると、教官がボート漕いできて訓練生にアヒルにエサでも与えるようにパンをちぎって投げ与えると、訓練生は今度は鯉のごとくに口を開けてパクパク食べるという。また野営の訓練のときは土砂降りの雨の中で土を掘って眠ったとか、聞くところによると、生半可な鍛えられ方ではない。この手の話にどれほどの信ぴょう性があるか疑わしいものであるが、脱走の汚点を凌駕して、いまでは彼の自慢話となっている。

その自慢話の極めつけが、3日分の食糧を持たされて、富士山の樹海で10日間過ごすというサバイバル訓練である。蛇やネズミ、バッタやミミズからキノコはもとより雑草に至るまでありとあらゆるものを食べて命をつなぐのである。そのときの経験がいまに生きているのだ。その後、雑草に興味を持ち始め、仲間内からは「ざっそう博士」との異名も授かっている。雑草と脱走をかけて冷やかし半分の命名であるのは言うまでもない。
 
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