ホーム >塾長ブログ >小豆島愚放塾 > 塾生募集 >弱いまま強くなるために(17)

 

弱いまま強くなるために(17)
2015/6/1 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は、酒の入ったコップを温めながら、その感触しか親密に感じられるものがないのを感じていた。

そこにいる3人は付き合いの長い仲間のように青年の名を呼び捨てにして酒を強要した。青年は愛想笑いをするのが精一杯だった。

何も言えず何もできずそして酒以外何も体に入れることができなかった。例によって青年は自分の周りに身動きできないくらい何重にも針金を張り巡らして、その場から分泌されるべとべとした異物の侵入をひたすら防いでいた。

青年は日本酒でも焼酎でも注がれるままに飲んだ。人事不省になるほどに酔いたかった。しかし、酔えなかった。酩酊の向こうからその狭霧を散らすかように声が聞こえてくる。

「けち臭い野郎は俺だ!」と青年は自嘲気味に笑った。その笑いに誰も気づかないほど、その場は騒然としている。

体育教師はすでに裸になっていた。日に焼けて黒い皮膚が炭火に映えてつやつやしている。さっきから同じ言を繰り返している。

「おれの女と寝たよな。寝たよな。そうだろ、あのとき。・・・わざわざ電話してきんだ。後ろめたかったからなんだよな。そうだろ、そうだろ、な、寝たんだろ」

体育教師は笑みすら浮かべてる。青年は卑屈な笑みを感じてまたうつむいた。

一方、サンダル男は聞く風ともなく缶ビールを啜っている。その前にはひしゃげた缶が何本もころがっている。

「どうでもいいことだ。後腐れのない女と寝てどこかが悪い!」

ひときわ、その声は響いた。サンダルの男はそういってまた缶ビールを飲み干した。先生の家の明かりも消えて簡易照明が芝生をかそけく照らしている。それから、どよっとした笑い声が山の闇に吸い込まれるように消えた。

先生はもういびきをかいて大の字になって寝ている。

体育教師はひとしきり笑うと、いきなり立ち上がった。競泳用のパンツのVの字に縁どられた白い跡が熾火に照らされてうっすらとむき出しになった。その中央にソラマメのような陽根が萎えいる。

間延びした哀れさが奥行きのない闇から滲み出している。体育教師はおんおん泣きだした。押し殺した獣の叫びのような声だった。

青年はいたたまれず顔をあげてみた。目の前にサンダル男がいた。翳で表情は分からないが、目だけが光っていた。

「何よ、この人たち、なんだか私まで悲しくなってくるじゃあない、もうったら!」

残りの一人の声が夜の底に落ちていった。

青年は羞恥と嫌悪がないまぜになった醜悪さに、身体が炭火のように、黒く赤く染まっていくのをうつろに感じながら、こみあげてくる吐き気を抑えきれずにいた。

「惨めだ、惨めだ、僕だったら…ああ、嫌だ、嫌だ!」

青年はよたよたと茂みのほうへ歩いて行った。もう吐くものはなかった。

しかし、奥から煽るように吐き気が込み上げてくる。いつ終わるとも知れない無間の吐き気に内臓をすべて口から吐き出したいような感覚にとらわれた。青年は「みぐせーよ」という母の言葉に内臓がことごとく巻き取られていくその快苦のなかでロウ人形のようにその場に突っ伏したまま動かなくなった。
 
弱いまま強くなるために(16)弱いまま強くなるために(18)
 
ホーム >塾長ブログ >小豆島愚放塾 > 塾生募集 >弱いまま強くなるために(17)