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弱いまま強くなるために(12)
2015/5/5 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は、先生の奥さんとは初対面であった。

駅に着くと、すでに奥さんが車で迎えに来てくれていた。薄く雲が流れる空の涼やかな風を受けて車は木々の緑と田んぼのなかを縫うように走っていく。車の窓から懐かしい匂いが入ってきては消えいく。「稲のにおい?」と青年が思わず口すると、助手席の先生が「そうだ!いい匂いだろう」と言う。運転する奥さんからは「今ちょうど稲の花が咲いているわね」と返ってきた。

いままで青年は「稲のにおい」など感じたことがなかった。小さい頃はあまりに当たり前のことで気がつかなったのかもしれない。夏の半ばごろに籾が開いて稲穂に小さな花々がつき独特のにおいを発散する。甘く青みを帯びたそのにおいは、夏の風に乗っていつの事とも分らぬような懐かしい思い出を運んできてくれた。

先生の家に着く。セントバーナード犬のような佇まいのその家は先生がコンクリートの基礎打ちから一人ではじめて、いろんな人の援助もあって、線路の枕木の廃材や間引きした雑木材等を首尾よく手に入れ、使えるものは何でも利用して、5年の歳月をかけて作り上げた渾身の作である。それでも結構お金はかかったらしい。

庭には、奥さんが丹精込めて育てた季節の植物がどっしりした家を取り巻いてゆかしく微笑んでいるようでもある。

家のなかは静閑としていた。窓から夏の傾いた陽射が差し込んだところ以外は薄暗い闇をつくって、あとはぜんまい仕掛けの古時計の時を刻む音が静かに響くだけである。ガラス戸越しには、牧草地を隔てて「クジラの森」が見える。こんもり盛り上がってなだらかに下っていく線を描く林がまるで「クジラ」のようであることから、先生がそう名づけた。

「その椅子でゆっくりしていろ。今コーヒーを淹れるから。コーヒー豆はコスタリカ産のやつでなあ、俺が自分で焙煎した。うまいぞ」

先生の家のきれいに刈り込まれた芝生のテラスで椅子に凭れて、青年は夕涼みをしている。小さい頃は夕暮れ時にみんなが縁側へ出てきて夕涼みをしたものだ。
「そういえば、スイカを丸ごと買って冷たい井戸水で冷やして水を打った庭めがけて種の飛ばし合いをしたなあ」…昔に帰ったような心地になっていた。

青年は初めて訪ねる恩師の家で、午後のひと時、椅子に腰かけて、コーヒーを啜るほか、何をするのでもない、そのゆるやかな時間を楽しんだ。

青年の自分の体が少しずつ緩んでいくのが分る。その緩み方はマッサージのように外側から解れていくのではなくて、体の細胞のひとつひとつが水を得て息を吹き返しすように、命の底からゆっくり時間をかけて体が緩んでいく。青年は何もかも忘れて椅子のなかに身を沈めた。

芝生を囲む植え込みの周りには黄アゲハや熊蜂や小さい羽虫やらが飛んできては夕刻の掻き入れ時を慌しく働いている。飛び交う虫の姿を眺めていると、どれひとつとして規則的な動きはない。目の前を遊ぶ蝶々のはかなげな白い羽が、風と微妙なバランスをとりながら中空にひらひらと漂っていたと思えば、いきなり崩れ落ちるように翻って空高く舞い上がると雲に吸い込まれるように消えた。気ままに吹く風のなすがままに動かされ、なすがままに生きている。

人間の言葉にはない言葉があった。そして人間の秩序にはない秩序があった。青年はこの小さな世界の捉えどころのない秩序に収まっていくのを感じていた。

ここはもう秋である。空を行く雲の流れははやく、冷ややかな風が通りに抜ける。裸の腕には冷たく感じられるほどである。

少し眠ったのかもしれない。時間がどのように過ぎていったのか分からない。時計を見る。6時を回っている。あれほど騒がしかった蝉時雨がぴたっと止み、自然のオーケストラは虫の弦楽器に取って代り、あたり一面に鳴り響いている。東の空に大きな赤い月が昇った。背後の雑木林は黒い穴のように静まっている。

先生がランプを持って出てきた。ランプの明かりで丸い月を見ながら、ビールを飲む。月にむら雲、花に風・・・西へ向かう夜間飛行の星あかりほどの点滅がゆっくり動いている。
 
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