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弱いまま強くなるために(11)
2015/5/4 塾長ブログより
 

傷つきやすい青年は、就職し立ての頃よく酒を飲んだ。

もちろん一人だった。行きつけの飲み屋ができた。「若いのに一人でよく来るねー」と常連から冷やかされた。飲み屋から出た後、電車に乗らず隣駅までひたすら走ることがあった。酒を余すことなく体内に回してへべれけになって吐くと妙な安堵があった。自宅の屋根の上にパジャマ姿で座っていたこともあった。空が白々と明るくなり小鳥が鳴き出すころ、体に冷たい電気が流れているように痺れている、その宿酔感に安堵があった。酔った勢いで公衆電話の電話帳から無作為に選んで電話をしたこともあった。もちろん何も言わずにすぐ受話器を置いてしまったが、誰でもよかった。自分の生の声を聴いてほしかった。

青年はすでに自分を抱えられなくなっていた。自分が重たすぎた。弱い自分がいる、その自分を恥ずかしいと思う自分がいる。その恥ずかしい自分がいつばれやしないか不安で仕方ない自分がいる。青年はその出口のないループをぐるぐる回って、疲労を無尽蔵に浪費した。あたかも「ジジフォスの神話」のように

そんな折、青年はかつての恩師と再会した。映画館だった。

その頃は、休日になると名画を観に小さな映画館をよく訪れたものだった。青年が一番安堵する場所だった。映画館の暗い室内に心が休まった。古いフランス映画を見るとはなしにボーと見ているのが好きだった。ヌーヴェルバーグと呼ばれた映画が印象に残っている。監督の名前はよく知らなかったが、一連の映画の既存の枠から外れた不良性とあまり手を加えてない映像の美しさに惹かれた。現実から逃げるようにたくさんの映画を見た。子供たちが落書きして遊んだ壁のように、脳裏には取り留めのない無数の場面が入り乱れて美しく埋め尽くされていった。

夏のある日のことだった。いつも誰も座ってない一番前の席の、自分だけの指定席に座ろうとしてスクリーンの前に立つと、この日は先客がいた。ひげを生やして眼鏡をかけた横顔、すぐに見覚えのある顔だと分かった。遠巻きに眺めてから隣の席に座った。

気づいた風もないので
「先生」
と呼ぶと振り向く。やはり、そうだった。
「おお、どうした?」
青年のことをすでに分かっていたような口ぶりである。すこしも時間の隔たりを感じさせない。あのときのままの先生がそこにいた。
「よく来るのか」
「ええ」
「俺もだよ、ルイ・マルがすきでね、おまえは?」
青年が口ごもっていると
「このあと、俺の家に来るか」
青年が「演技」に夢中になっていたあの中学時代の担任である。何もかもお見通しのようで恥ずかしくもあったが、熊というあだ名のとおり、おう揚としてどっしりしている。

映画はルイ・マルの「好奇心」だった。銀幕の向こうに吸い寄せられてこの時ばかりは魅入ってしまった。冷気が暗闇を覆い尽くす夏の映画館ならではの安堵感にも促されて、青年は先生に連れられて映画館を後にした。

先生は早々に退職していまは里山暮らしで、この街から電車で1時間ほど乗った駅で降りてさらに車で15分のところに自宅があるという。

立派なひげを蓄えてい恰幅のいい風体は到底理科の先生らしくはなかった。少なくとも青年にとっては、度の強い黒縁のめがねがやはり理科の先生の専売特許だった。どうでもいいことかもしれないが、先生は理科の先生の最低条件は満たしていた。

職員室に行くといつも本を読んでいた。無類の小説好きと豪語していたので、おそらく開高健の小説でないかと青年は勝手に想像した。夏休みには、団扇で煽りながらランニングに半ズボン姿で本を読んでいた。部活の最中に窓越しから「先生」と声を掛けると、顔をあげて「おお、おとうちゃん、その後どうだ」と返事が返ってくる。青年の父が盲腸で入院していたことを気に留めていてくれたのだ。本を夢中で読んでいてもそう返してくれる先生に感激したことを、車窓に駆け寄ってきては逃げ去っていく風景の、裾野を広げる夏山の青々した樹木の姿を見ながら青年は当時のことを思い出していた。

偏屈なところもあって、車の免許はとっていない。合理的に考えれば車は必要ないというのが持論で学校へ自転車で通っていた。どのような合理があったのか、青年はいまだに理解できなかったが、駅には奥さんが車で迎えに来てくれた。
 
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