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弱いまま強くなるために(10)
2015/5/3 塾長ブログより
 

傷つきやすい青年は、あたかも母の理想を体現した人物として「演技」する一方、実体はまったく気弱で小心で自信のない、恥ずかしい自分をひた隠しに隠した。そうして心を引き裂かれて、その隙間を埋めきれずにいる自分を、いつか正体が明かされる不安に怯えていた。どうすることもできずに自分を汚泥に沈めていた。

高校へ進学すると、遊び仲間は解体された。それぞれが違う高校へ進学し別れ別れになった。青年はようやくゲームの終了ボタンを押した。もとの内向的な自分に戻った。

とはいえ、まったく以前の自分に戻ったわけではなかった。

「演技」ゲームを終えて安堵したのも束の間、やはり人目を気にすることには変わりなかった。「演技」をしなくてもよくなった代わりに、感覚が立ち往生し、言葉は遅れ、行動はお手上げになった。そんな不器用な自分が時折テロを起こすことがあった。この内面に潜むテロリストは、まさしく怪物だった。思春期の不安定な心の中に芽生えた歪な自我、自分が生み出した自分という異物であった。

もちろんめったにあることではないが、人に逆らったり、人の意に反することをしてみたくなる時があった。そして、小さなテロが起こった。クラスメイトに突っかかっていくようなことをわざとした。内面に芽生えた歪な自我がそうさせたのだったが、結局は相手から打ち負かされる。そして案の定、存在が失われていくような、言いようのない不安に襲われるのであった。母の不機嫌な顔が目の前に現れたときのように、足元から自分が消えていくような寄る辺ない感じに、居ても立ってもいられなくなった。人と渡り合って喧嘩し、競い合って勝ち抜き、自分の思い通りに生きること、それは願望であると同時に、青年には全くできない相談だった。しかしながら、この怪物が止めどもなく膨れ上がっていくのを感じていた。

大学に入っても、この不気味な圧が内側から上げ潮のよう押し寄せていた。いろんなサークルを渡り歩いた。たしかに意識上は集団にうまく添わない性格を何とかしようという思いからだった。健気にも社会性を身に着けるという名目で人と歩調を合わせることを自分に課したのだろう。ところが、どのサークルに入っても、自分の心には不協和音が鳴り響いていた。例の怪物が内側から自分を噛み切って躍り出ようしていたのだ。

その手前でサークルをやめ、次のサークルに所を移し、性懲りもなくまた同じことを繰り返していた。もとより大学は自由であった。サークルも出入り自由、人付き合いも自由、幸いテロは起こらず、いや、テロも起こせず、虚無感を漂わすのが精一杯の無気力な大学生として、すくなくとも表向きは、墓場のように無口なニヒリストして大学を卒業した。

当時「モラトリアム人間」という言葉が流行していた。「モラトリアム」とは元来、法的措置によって一定期間責務の履行を延期する、支払いを猶予することを指す用語だった、青年も最終決着のつくことを恐れ、ひたすら逃げ惑う「モラトリアム人間」にはちがいなかった。

青年は、高校、大学をふりかえって、色でたとえるなら、高校は灰色、大学は真っ白と感じた。そして、就職してからは真っ青、「顔色が真っ青」という意味での真っ青、そしてほのかに赤みの差してくる感じもあった。
 
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