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弱いまま強くなるために(9)
2015/5/2 塾長ブログより
 

傷つきやすい青年は、このときの母の喜ぶ顔を見て少なくとも罪悪感のようなものから救われたように思われた。

母を喜ばせるためなら何でもしよう…この挙に出る決心をした。

小学校も高学年になるころには少しは勉強ができるようになった。まったくの運動音痴ではあったが成長とともに足だけは速くなり学年の代表に選ばれたことも幸いした。にわかに自信がついたように思えた。不安症で神経質な性格などどこ吹く風といったふうに、元気に男らしくふるまうことができるような気になった。

勉強ができることも、母の望みを叶えることのひとつだった。それほど負担には感じなかった。一生懸命勉強すればいい、それだけ。勉強とはたんに順位を上げること。理解しようがしまいがひたすら暗記する、それだけのことだった。田舎の小さい学校だったから、その程度の勉強法で、とうとう中学2年生の時は学年でトップに躍り出た。ひとつ大きな目標を成し遂げたことにはちがいなかった。ひとしおの感慨があった。しかし、母の喜ぶ顔を見てからというもの、もう勉強することに意義を見出すことはなかった。

本性とはかけ離れた自分になろうしている自分に対して、いつも偽者の感じがつきまとった。たとえ学年でトップになったところで、勉強が好きになったわけではなかった。もともと勉強は好きではない。素の自分がいつも頭の片隅で騒がしくさざめいていた。

ともあれ、母のために、当時流行っていたスポ根漫画の主人公をモデルに、それに自分自身を投影させ、強く男らしい自己イメージを描いて、そう認めてもらえるように「演技」した。「演技」といっても、役者のやの字も知らない。まして片田舎で演劇など遠い世界の話。そもそも演技ではなかった。母を喜ばすために「フリ」にすぎなかった。自分とは違う自分のフリをひたすら真似ただけのことであった。

皮肉にも人の顔色を伺い人の心を読むことに少なからず長けていた青年は、このような不自然な自分を演じても、遊び仲間はうまくだませた。その甲斐あってか、母も失望することがなくなった。それどころか、人並みであればいいと謙虚に願っていた母が青年の将来に期待を抱くようになったのだ。それと同時に、たしかに青年の心に母に対する罪悪感のようなものはなくなっていたが、今度は自分に対する不気味な嫌悪感がべったりと貼りついていた。

もっとも「演技」しているのは理想の自分にはちがいなった。しかしその理想像になろうとして、男らしく活発にふるまっても、心が晴れやかになることはなかった。それどころの話ではない。心にはどろどろした汚水が淀んでいたのだ。

かりそめに自分自身を保つための方便だと言い聞かせ、本当の自分はそうではないと思ってみても意味がない。本当の自分と思い込んでいるその自分がもっとも恥ずかしい存在だったからである。別の自分を装ったところで、相変わらず「見られている」意識に苛まれていた。

「見られる」恥ずかしさを内に秘めながら、恥ずかしい自分を隠している自分に対して吐き気がした。自分が得体のしれない不気味な化け物になっていくような気がした。

その嫌悪感に悩まされながらも、築いた自己イメージが一気に吹っ飛んでしまうことをひたすら恐れた。自分を痛烈に嫌悪するその足で、自分が崩壊してしまう妄想へ赴き、いきおい自分が分裂してしまう。引き裂かれていく自分をもう止めることができなかった。

疲弊しきった青年は、もうこのゲームの終了ボタンを押したくて押したくて仕方がなかった。だが、いったん作ってしまったキャラを変えることはできない。母のためばかりでない。遊び仲間に対して見栄のような心境が芽生え、その虚飾をまとった自分をなんとしても守り通さなければなかった。

すべてを吐き出したい衝動に駆られた。その衝動を打ち消すように、偽物の自己イメージを完璧に保つため、いっそうしたたかに鞭を入れた。隠し通さねばならぬ恥ずかしい自分がいつ顔を覗くか知れたものではない。そうした場面を避けるためのルールは多岐にわたってきめ細かく定められ、随時書き加えられていった。次第に膨れ上り、その分厚いルールブックを片時も手離せなかった。そこには祖母の言葉を大人になっても忠実に守っている青年とそっくりの人間がいた。

自分を全く信じられずに、自分に全く自信が持てず、結局は、いつも肝心なところで、自分によって裏切られた。決してそうはなれない自分、それは自身が身をもって分かっていた。いつしか根底には、無力感が澱のように沈んでいた。

青年が、母を喜ばせるために、これだと思って「演技」に向かった、その顛末は無力感という汚泥に得体のしれない過分な生きものを養い育てていた。
 
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