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弱いまま強くなるために(3)
2015/4/26 塾長ブログより
 
傷つきやすい青年は、いつのまにか人目ばかりを気にするようになっていった。

就職して組織に入ると好き嫌いにかかわらず、誰とでも接しなければならない。そのうえ上司や同僚の評価に常にさらされる。不器用な青年は、「相手がどう思っているか、どう見られているか」をいつも気にするようになっていった。さらに相手の目をまったく見ることがきなくなっていた。だからなおさら「見られる」妄想が自分の周りを取り巻いた。

そうであるから、初対面の人に会った時はことさらに緊張した。どう思われているかということだけにとらわれて相手の話や気持ちに全く注意を向けることができなかった。青年の心には自分を受け入れてもらえないことへの強い不信がいつのまにか頑なに築かれていた。青年からすれば、ただその人が自分を受け入れてくれる人かどうかだけが関心の的だった。

畢竟、相手に不快感を与えることになる。もちろんそこには気づかない。自分の視点だけで相手の反応を必要以上に気にし、逆に相手には悪い印象を与えてしまう。皮肉である。そのことに気づかされ、青年はますますどうしていいかわからなくなった。そして、人から「見られる」ことを恐怖に感じるようになった。

数少ない友人に苦しい胸の内を思い切って話すと「おまえのことなんて、誰も注目してねえよ、自意識過剰だってば」と一笑に付されて終わり。以後、誰にも相談せず、ひとり「見られる」苦しみに耐えていた。

とくに人前に立つことが死ぬほど恐ろしいことだった。

傷つきやすい青年は、人前に出ると「見られる」恥ずかしさのあまり体をぶるぶるふる震わせ体が勝手にくねくね動いてろくに口もきけない状態に陥ってしまう。失笑があちらこちらから漏れ、そのたびに死ぬほど傷ついた。体からすべての力が失われ、自分という薄明かりが次第に消えていくようなはかなさを遠のいていく意識の中で感じていた。

それでも死ぬことも生きることもできず、平然として日常は過ぎていく。どうしていいのかわからない。途方に暮れる日々を過ごしながら、青年はうまく人目から逃れること、それだけが彼の日課となった。その頃、安倍公房の「箱男」と言う小説に出会って衝撃を覚えた。まさに自分自身のことが書かれているのではないかと思うほど驚いたが、小説には解決法は載っていなかった。

青年は「見られる」苦しみを少しでも軽減させようと常日頃から神経をすり減らした。それだけで一日が過ぎていく。むろんのこと、へとへとに疲れた。とはいえ、青年にとって、これから先、生きていくための火急の一大事。少なくとも人前に立つことは何としても回避しなければならない。起こりうる事態を仔細に検分し、あれこれ考えをめぐらし、どのような状況になっても何とか乗り切る、急場しのぎの手立てを講じることだけ。毎日のほとんどがそのことだけに消費された。その痛々しい周到な準備は、あらゆる未来を想定した、いわばシナリオ・プランニングである。シナリオ・プランニングは次第に膨れ上がっていった。青年が血眼になって拵えた「イキルための知恵」である。そして、膨大なルールブックとなって、やがて青年の行動をいちいち規制するようになる。

普段はできるだけ目立たないように言動は慎み存在を消す。その頃には仕事の評価などどうでもよくなっていた。人にどう思われるよりも、とりあえず人前に立たないようにすることだけが優先された。それでも、やむなく人前に立たなければならないときは、その内容をできるだけ台詞化して何度も練習する。そらから、その「ハレ舞台」に臨んだのだ。もちろん、前の晩から緊張して眠れなかった。雑駁に言えば以上の点に要約されるが、人間関係の些細な出来事を未然に防ぐことで将来の事態をうまく立ち回る、姑息な方便は多岐にわたって詳細に青年の心に書き込まれた。

よくよく考えてみると、青年のこのような性癖はそのときから始まったわけではなかった。

実をいうと、青年は強迫神経症気味なところがあった。

家を出るとき、ガス栓はもとより、家の全部のコンセントを最低4 5回は確認して、やっと家を出ても、必ず引き返して施錠を確かめないと気が済まない。いったん家を出て2,3分歩いて引き返すというのが、外出時のひとつの儀式のようになっていた。もちろん、自分ではその愚かさは十二分に分っているのだが、そのルールに従わないといけなかったのである。禁制を破ることは青年にとってできない相談だった。

他にもいろいろある。禁制を挙げれば芋づる式に出てくる。

「朝茶は2杯飲む」「元旦には泣くな笑え」「今日は日柄が悪いから新しい服は着ていけない」「朝カラスが泣いたら縁起が悪い」「お墓の塔婆またぐと股に苔が生える」「おぶっちょ(仏飯器)が割れると家族のだれかが死ぬ」「男は涙を見せるな」「女の入った後の風呂に入るな」「女に手を挙げるのは畜生以下だ」「口は災いの元だからで要らぬことを言うな」「人にあれこれ言われても黙ってろ」等々、これらは祖母の筋金入り「イキルための方便」。小さいときからい言われ続けた禁制のコトバ。素朴な信心と田舎ならではの男尊女卑、そして世渡り術。青年は成人してからもこれらのコトバにしばらくは縛られ続けた。幼ない耳に焼き付いたこれらのコトバが離れず、決して破ってはならないこととして忠実に守り通したのだった。

どうやら傷つきやすい青年の傷つきやすさの源は、幼年期まで遡らのぼらなければ見えてこないようだ。
 
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