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弱いまま強くなるために(2)
2015/4/25 塾長ブログより
 

傷つきやすい青年は集団生活が苦手だった。

小学校では運動会の練習が嫌いだった。授業をつぶして毎日校庭で父母に見せるための秩序だった練習が行われた。先生の笛の合図で集合離散が繰り返された。行進、綱引き、玉入れ、応援合戦、どれもこれもが嫌でたまらなかった。とりわけ行進の練習のある日は学校に行くのが億劫で億劫で仕方がなかった。スピーカーから流れる行進曲が校庭に響き渡った。少しでも行進の形を崩す生徒がいるとやはりスピーカーからその生徒の名前が校庭に響き渡った。その大音量に脅えながら体をがちがちにして歩調を合わせた。

中学校のときの3泊4日の修学旅行では3日間、一睡もできなかった。騒いでいたクラスメイトの寝静まった寝息を聞きながら、世界の果てに一人取り残されたような孤独と寂寥感を、3日間、嫌と言うほど味わった。帰宅するとそのまま翌日まで20時間以上眠った。

高校ではサッカー部に入ったが2カ月でやめた。サッカー部の部室で先輩たちに囲まれてやめる理由を言えと問い詰められた。しかし、はっきり言えなくて先輩たちに殴られた。言えるわけがない。「やめるのになぜ理由を言わなくてはいけないのか」と、その青年はうっすら疑問に思っていたからだ。が、先輩が恐いということもあって、何も言わずに、みんなと歩調を合わせられない自分が悪いものだといい聞かせていた。

それにしても、そうしてすぐみんなで集まって束縛しあう雰囲気が嫌でたまらなかった。いまにして思えば、それが一番の理由であったのだが、たとえそれに気づいたとしても、その気持ちは腹の中に畳んでおくびにも出せなかったにちがいない。一緒に入った友達は部活に溶け込んではつらつとボールを追ってグランドを駆け回っていた。そんな友達を尻目にかけながら、自分があまりにも弱々しくあまりにも男らしくなくあまりにも女々しいように思えて、青年は自己嫌悪に陥った。

集団が苦手なのはみんなと歩調を合わせられない自分が悪いのだ。その苦手意識を克服しないといけないと青年は自らを無理やり奮い立たせた。大学に行っても、性懲りなくサークルに入る。そしてまた同じ過ちをして落ち込む。

みんなと一緒に活動しなければと思いながらも、みんなで一緒に何かするとなるときまって嫌悪の念が湧き上がってきた。大学に入ると、励まし合ったり、団結などと声高に言い出す人たちが高校のときよりたくさんいるのではないか、そんな強迫観念に駆られた。実際そうだった。すぐに感激する人もどうやら苦手の部類に入ることが分かった。しかし、その人たちはおしなべていい人たちである。嫌だと思う自分のほうが卑劣のように感じられて、そっとその人たちの近くから離れていった。結局、一人になってしまった。

人を遠ざけながらも、本音は人とは近しくなりたかった。できることなら、いつも一緒に居たかった。ただ、人はすぐに世間のモノサシを当てて人を判断する。そのモノサシからいつも外れてしまう自分に傷ついた。とりわけ集団に入ると、そのモノサシが基準となって、人を階層づけたり人を束ねようとする圧力にさらされる。その結果、弾かれる。弾かれる、その自分に傷つく。それが嫌でたまらなかった。その繰り返しだったように思われる。

青年は傷つくことだけに追いまくられて勉強も手につかなった。無学で知識がなくてその時は気づくこともなかったが、後になってから、「これは集団の暴力なのだ」と知った。何かの本を読んでそのことを知って、青年はようやく自分を承認することができた。
 
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