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    弱いまま強くなるために(1)
    2015/4/24 塾長ブログより
     
    弱い者はいろんな手口で自分はもちろん相手をはぐらかす術を心得ている。

    引っ込み思案で無口、そしてお人よし性格は裏を返すと、自分の傷つきやすさを守るために形成された砂上の楼閣。弱い自分を守らざるを得ないから自然とそういう性格になってしまったのだ。

    相手の無神経な言葉に対して心をできるだけ鈍感にするための戦術は、聞いたフリをしてやり過ごし、聞かなった事として忘れる。

    人にバカにされないための戦術は、人にバカにされる前に相手にバカだと思わせて自分にバカの免疫をつけておく。バカという言葉には反応しないようにしながら自尊心だけを辛うじて保とうとする。

    傷つきやすい子供は子供で、痛々しくも悲しい予防線を張り巡らせている。しかし、いくら予防線を周到に張っても、そこは子供のすること。粗い網目をくぐって招かざる客は土足で踏み込んでくる。

    酷い事態に遭遇しても相手が悪いとは思わないようにする。自分に対して一生懸命に言い訳する。本当はすごく傷ついているのだが、やはり傷つかないフリをするしかない。心を麻痺させて、空想に逃げ込んで、どれが現実でどれが虚構なのか、終いには分からなくなってしまう。

    子供とはいえ、自分を偽って自分に嘘をついているわけだから、そのツケは必ず自分の元へ舞い戻ってくる。

    意識から追いやられた傷ついた気持ちは心の闇底に沈められて沈殿していく。無意識の箱がいっぱいになっていく。麻酔をかけられたようなこの部屋にふと薄明かりが浮かび上がる。フラッシュバック。嫌な記憶がよみがえる。手の施しようがない。闇からの突然の襲撃に耐えるしかない。

    成長すると、もっともっと厄介な人たちに出会うことになる。

    その人たちに数えきれないくらい傷つけられる。傷つけたつもりなど毛頭ないと思っている善人たちが世の中には数えきれないくらいたくさんいることを教えられる。その偉大な善人たちは、傷つきやすい青年にとっては始末に負えないほど困った人たちだった。

    無遠慮に馴れ馴れしくしてくる人のぞんざいな言葉。青年には許されると勘違いしている人の無礼な態度。相手によって無意識に態度を変える人の差別意識。繊細だと自認している人の鈍感なふるまい。

    しかし、傷つきやすい青年はどこまでも引っ込み思案で無口のお人好しだった。間違っても傷ついた心を表わすような失態は演じない。小さい時から体ごと心に染みついた不文律である。もしその忌まわしい言葉を口にしたら最後もっと傷つく羽目になることが分かっていたからである。

    「そのくらいのことで傷つくようじゃあダメよ、強くならきゃあ、これから生きていけないわよ」
    「情けない、なんて女々しいやつだ!世の中へ出たら、もっとつらい目に会うんだ。しっかりしろ!」

    もし誰かに相談したものなら、この程度の言葉を言われるのが落ちである。嫌と言うほどくだらない言葉を聞かなければならない。いっそのこと、胸の裡にしまって傷ついているほうが余程いい。もっとも、この程度のありきたりなことしか言えない人こそ、傷つきやすい青年にとってはもっとも忌み嫌う人たちであると同時に、もっとも軽蔑すべき人たちだったのである。
     
    弱いまま強くなるために(2)
     
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