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「豚もおだてりゃ木に登る」の本当の意味は?
2015/2/9 塾長ブログより
 
愚かになることは、至難の業である
 
大勢の前に出るとつい偉ぶってしまう。
相手を見下げて自尊心を満たす。
他人と比べて自分を上に格付けしようとする。
尊重することを忘れて相手を支配することばかりに気が向く。
世話した相手に恩を着せる。
文句の言えない立場にある相手には辛辣な言葉を浴びせる。
自分の利益のために相手を利用する。
肩書の優劣で相手を判断してまう等々、

枚挙にいとまはない。「人間とは損得勘定から逃れられず理に落ちる動物だ!」、つくづくそう思う。

いわんや、口が達者で頭の回転が速いものがもてはやされる時代の風向きである。そんな世間の風潮に抗うように、「愚かに」に徹することはなかなかできるものではない。

とくに若い者は、少々自信がつくと勘違いして、あの弱々しく内気な青年が、急に尊大になったりする。けれども、若いゆえの自信は脆い。ひとつの失敗でまったく自信を喪失してしまったりもする。もっとも、若者に限ったことではない。

親鸞は言った。

「つねに愚かに生きることができないほど人間は愚かである」と。

愚放塾の「愚放」とは、「愚かさを放つことによって、愚かさから放たれる」という、上の親鸞の言葉に心打たれて命名した。

「愚かさ」を貫いた偉人として、もう一人忘れてならないのが、良寛である。

良寛は、自らを愚かな存在となして生涯を全うした。何の価値もない己が身、その愚かさを生き抜いた、孤高の人である。

 
愚者とは、天才の別称である
 
アインシュタインは、7歳まで文字が読めなかった。今の親なら、すぐに専門医のところへ飛んでいくにちがいない。

エジソンは、どうして燃えるのか知りたくて納屋を全焼させた。普通なら、こんなことを仕出かした子供は、心に深い傷が残るほどこっぴどく叱られるだろう。

僕の教育観としていつも念頭にあるのは次に挙げる、「チャップリンの逸話」である。

チャップリンは、授業中、静かにしていることができなくて退学を命じられた。

現代なら発達障害として扱われるから、そんな事態になるはずもないが、先走って言ってしまうと、チャップリンの事例からすれば発達障害も才能として捉えることも可能だろう。

学校へ出向いて校長から退学処分を言い渡された母親は、チャップリンを抱きしめて「I love you.because you are you.」と耳元でささやいた。

その母親の養育態度が、喜劇王を生んだことに間違いない。ただし、チャップリンの母親が手離しで、そう言ったとも思えない。彼の個性を伸ばす決意、そもそも子供の将来に責任を負ったうえでの言葉ではないのか。

母親としての、わが子に対する並々ならなる責任が、むしろ、その言葉を言わしめた。アインシュタイン、そしてエジソンの親にしても、同種の責任をもって、不世出の個性の芽を世間から守り育て上げたのではないだろうか。

肯定するからには、おのずと責任が生じる。いい加減な請け合いで肯定などしたら危険であろう。

チャップリンの母親は、わが子の未熟さを請け合って、なおかつ、自身の未熟さも自覚しながら、その責任において、凡俗な目にはありふれたとしか見えない個性を稀有な才能までに育て上げたのではないだろうか。
 
愚かさの自覚が、天賦の才能を開花させる
 

世阿弥の言葉である「初心忘るべからず」は、慢心への戒めであって、「初心の頃の未熟さをつねに忘れるな」という、厳しい教え。その教えが不変の心構えになってはじめて、芸の道を究めさせる。

イチローは数々の記録を塗り替え、歴史に名を刻むような偉大な打者として燦然たる地位を築いても、「まだ野球がうまくなりたい」と云う。

そこには、世阿弥の言葉に匹敵する「愚かさの自覚」がある。

要するに責任とは、愚かさを自覚から生まれる、そういいたいのである。決して確信を得られないからこそ「愚かさの自覚」を持ち、将来が約束されないなかで為すべき勤めを果たそうする心から責任が生じるのである。

ところで、ほめることも、「愚かさの自覚」に裏打ちされていなければ、安易に使うべきではない。未熟な点を顧みずしてほめることは、むやみな肯定と同じく危険である。

つねに未熟さの自覚を持たせながら、よい点をほめること、このバランスが大切であり、このバランスこそ真の意味で「存在を丸ごと肯定する」ことの謂いであろう。

「豚もおだてりゃ木に登る」、この言葉を「からかい」ではなく、理の当然の言葉として働かせるには、ほめ言葉の乱発は慎まなければならない。また、無責任な肯定も控えなければならない。

天賦の才能を開花させる、その道のりは決してやさしくはない。
 
参考記事:脳の柔軟な人ほど愚かさの大切さが分かる
「塾長インタビュー:『愚放塾』の名前の由来を教えてください。(Q2)」
「標準化の流れに逆らおう」
「固い頭から自由になって、感覚を解放しよう」
「大学休学、不登校生の復学・復帰へ【鈍】(愚鈍になれ!)」
 
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