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生きることは楽しいと言い切るゆとりのある人間が、我々の中に何人いるだろう
2015/4/22 塾長ブログより
 
海を渡って飛び込んできた教え子から便り
 
もうかれこれ40年ほど前に教えた生徒からメールが届いた。何回も転居を繰り返していた僕をインターネットで探し、わざわざアメリカからメールをくれた。

僕は高校卒業後日本を離れてもう20年以上経ち、国籍もアメリカになり、東京の両親と時々電話をする他は日本語を使うこともほとんどありません。 幼馴染の友人数人以外は日本で覚えている人はほとんどいません。 
でも良い印象などほとんどなかった進学校で担任として出会った先生だけは顔もフルネームも言われた事もはっきりと覚えています。 
ある日、野外活動後、寄り道をしないように言われて生徒が解散してから先生に声をかけられ焼き鳥をおごってもらったこともありました。 
一番印象深かったのが、夏休みに友人と自転車で浜名湖を目標にがむしゃらに走り往復したことを先生に話した時の事です。「よく頑張った」とか言われるのを期待していた自分に対し、ただ目的地まで走ってもその途中に周りを見なければ意味が無いと言われたことです。 かなりショックでした。 その後の人生、いつも目標達成に集中しすぎている時にいつもその時の言葉が浮かんできます。 
いままで何百人もの生徒を教えてきたでしょうから僕のことなど多分覚えていないと思いますが、そんな訳であの時の自分が先生に出会えた事を感謝しています。 
先生が数年前まで書かれていたブログを見つけ読ませていただき、闘病されていたことも知りました。 
現在のお身体の健康状態はどうですか。どうかこれからも、先生が末永く一人でも多くの若者の人生を少しでも有意義な方向に変えていかれることを祈っています。

僕が彼のことを覚えていないはずがない。焼き鳥屋に行ったことも鮮明な記憶としてある。野外活動の裏方を手伝ってくれた彼ともう一人の生徒に「ご苦労さん」の意味を込めて焼き鳥屋で反省会をした。

一風変わった生徒だった。妙にシラケていたところがあって、しかしながら、その言葉は意外に的を射ていた。斜に構えて批判するのとは若干違った。野外活動にしても、しおりを作成するのを手伝ってくれたが、野外活動そのものは気に染まないふうだった。学校の方針は団体訓練的な厳しい集団生活を体験させ生徒の自己変容を促すものだったが、熱く語りかける学校長の訓話にも「人間そう簡単に変わるようでは、そのほうがよほど怖い」とさらりと聞き流していた。
 
教師の言葉は生徒にとっては絶大である。
 
決して頑張るタイプではないと思っていただけに、自転車で浜松まで行ってきたと聞いたときは驚いたはずである。たしかに、東京から浜松はかなりの距離である。「はずである」と書いたのは、不覚にも僕はその時の記憶がない。生徒が一番心に残っている言葉を覚えていないのだ。いささか自責の念に駆られているが、マイペースで趣味には煩をいとわない彼のことだから、もしかしたら僕はそれほど驚かなかったのかもしれない。自転車旅行は趣味の人らしい突飛な行動だと納得したのではないかと、当時をあらためて振り返ってみて懐かしんでもいる。

それにつけても、「よく頑張った」ときっと褒めてくれるだろうと期待した無邪気な心を逆なでするように、口を突いて出た僕の一言はいかがなものだろうか。自転車のペダルをひたすら漕いだ浜松までの道のりは、気の遠くなるほどの距離である。若いとはいえ、心身両面でかなり堪えたはず、辛かったにちがいない。「よく頑張った」と言って、生徒とともになぜ喜びを分かち合わなかったのか。しかし、僕はそうはしなかった。そして、その言葉が彼の人生訓のような指針になっているところまで読んで、僕は今何とも面はゆい気持ちに襲われている。
 
自分の人生観や生き方を生徒に安直に述べていいのものだろうか?
 
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、当時の僕の考えていただろうことと、いまの僕の生き方のスタンスは、それほど変わっているわけではない。遠く浜松まで自転車で行ってきて、誇らしげに報告をしにきた生徒に「ただ目的地まで走っても、その途中に周りを見なければ意味がない」とまで言った僕といまの僕とで、「考え方にそう違いがあるとは思えない。

目的を課し目的を達成することは素晴らしいことである。そもそも、目的を持つことが人生に生きる意味を与える。いままでフランクルの思想を論じてきて、そのことに異論のあるはずがない。

もちろん、当時の僕が、今の僕とまったく同じだと言うつもりもない。当時はそれほどの重みをもたなかった価値が、いま僕の中で十分な値打ちをもって心の大半を占めている。たぶんそうだろう。齢を重ねて人生のなんたるかが少しは分かってきた。当たり前のことである。もし、咎められる筋合いのものがあるとすれば、教師だというそれだけで偉そうな口をきいた、その点にあるのではないか。もっとも、僕はそれほど自信に満ちた教師ではなかった。

当時の僕は、目的に向かって一目散に頑張ることに嫌気が指していた。彼の文面にもあるが、当時勤務していた高校が進学目的の、受験勉強一辺倒の学校だったことに起因しているのかもしれない。いみじくも、彼もその学校について「よい印象はほとんどなかった」と書いているが、当時の気分もあって、僕にその一言を言わせたのではないかと思っている。
 
未熟な教師の言葉が生徒の人生の中で成熟したのではないか?
 
「目的を持って頑張ることが悪いのではない。目的を持つことは生きる意味を見出すことである。素晴らしい」といまは心からそう言える。しかし、目的に向って一歩一歩踏み固めて歩いていくことはもっと大切である。一時を大切に生きることが生きることの意味に直結するのである。その点は譲れない。

日々の時間が、目的への隷属であってはならない。むしろ、目的を持つことは、目的への隷属からあらゆる時間を救い出すことである。そこに生きる意味が見いだされる。フランクルの思想の核心はまさにそこにあるのである。その点を忘れてはならない。

単なる目的主義に陥ることは、人生から偶然のもたらす機微さえ奪ってしまう。チャンスは思わぬところから転がり込んでくる。よそ見する暇もないようなゆとりのない心には、チャンスの扉は訪れない。悠然と道草するような遊び心があるからこそ、ノックしたのとは別の、遠く離れた扉が開いて、そこからひょいと顔を出す茶目っ気に目が行くのだ。邂逅とはそういったことだろう。

当時の僕の言葉が彼の人生の指針になっているとすれば、そういう深みまで到達したからにほかならない。未熟な教師の言葉が人生経験を積んで、彼自らその源泉を掘り起こしたのである。僕は、あらためて教師とは恐ろしい職業だと思わずにいられない。一つ間違えば、まったく逆のことが起こっても、不思議はないからである。

僕の好きな断章を彼に贈ろう。

退屈すればあくびをし、楽しかったら手をたたく、それが聞く側のゆとりというもので、それは聞き手の一人一人が、自分の耳に自信をもつことから始まるのではないだろうか。音楽にかぎらない。生きることは楽しいといいきるゆとりのある人間が、われわれの中に何人いるだろう。時代がよくない。政治がまちがっているといってすむことではないのだ。生きることは楽しい、このあたり前のことをいうのに必要なものは、先ず自分自身の、生きることへの強い意志だと私は思う。
                                                  (「散文」谷川俊太郎)

 
参考記事:僕の教師時代の甘辛い思い出は、以下に書いてあります。
→些細なことを軽視して学級崩壊を経験:「教師の皆さん、些細なことを大切に!」
→ダメ教師奮闘記:塾長インタビュー「先生をしていた時に、なにか思い出があったら教えて下さい。」(Q11)
→生徒に恵まれた懐かしい思い出:「ふとしたことで河口湖の教員時代を思い出す」
→厳しい昨今の教育現場、教師の生き方を提案します:「教師の課題を解決する、演劇教育コミュニケーション・メソッド」
 
                     

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