大学休学、不登校生よ、苦悩の意味を知っているか?
2015/4/19 塾長ブログより
 
人間は、この崇高な精神を理解する!
 
以前、この欄で紹介したヴィクトール・フランクルを再び紹介する。ナチスの強制収容所に収容され、その体験をもとにロゴセラピーを考案したフランクルは、その著書の中で「生きる」ことについて、以前取り上げた神谷美恵子と同様な見解を述べている。

人が逃れることも避けることもできない状況に直面した時、あるいは、人が変えることもできない運命、例えば手術不可能なガンのような治癒不可能の病気に直面しなければならなくなった時、まさにそのような時こそ、人は最高の価値を実現し、最も深い意味を成就する最後の機会を与えられているのです。というのは、ここで何よりも重要なことは、苦悩に対してわれわれがとる態度であり、われわれが自分の苦悩を自らに引き受ける、その態度にあるからです。
                                                     「意味による癒し」

なんと厳しい文章なのだろう。明日への希望が絶たれその漆黒の恐怖に足が竦んで立っていることも覚束ない状況のときに、最高の価値が実現するとは何事か。並の人間には到底理解できない。

ナチの収容所の悲惨な状況では虫けらのごとくに殺害される夥しい人の死を目撃し、嫌というほどの苦しみを味いながらも生き抜いた彼の、「それでも人生に、イエスと言う」という一貫した信念に裏打ちされていることは言うまでもない。しかし、こうした体験から生まれた信念を別世界のこととして片付けるまえに、フランクルがその信念に辿りつくまでの過程をつぶさに見ていく必要もあるだろう。その経緯については「ほとんどの人は目標を投げ出すが、投げ出さない人の特徴とは?」を参照

もっとも先に挙げた文章は「意味による癒し」と題された本から引用ものであり、ロゴセラピーはごく普通の人の悩みを解消するために考案された療法なのである。段階を踏んで誰でもが理解できるように説かれているはずである。
 
ロゴセラピーを愚放塾流にアレンジ
 
フランクルは、人生に発見されるべき事実として存在する価値として以下の3つをあげている。

1. <創造価値> 行動によって実現される。
2. <体験価値> 世界〈自然、芸術〉の受動的な受容によって自我の中に現実化される。
3. <態度価値> 運命的なものを自ら引き受けるときに豊かな価値可能性が生じる。                      (「死と愛」)

上に挙げた3つを、僕は愚放塾の教育と相通じると見ている。1~3を愚放塾ふうにアレンジしてみる。

1、<創造価値>まずはやってみる。試行錯誤しながら考える。むしろ失敗を奨励する。失敗してそれを乗り越える作業が創造であり、乗り越えた喜びによってひとつのことをやり遂げるメンタリティーをつくる。「自分を使い切るとは、どういうことか?」を参照

2、<体験価値>小豆島愚放塾は豊かな自然に囲まれている。目の前が海である。1分もかからないところに浜がある。海を眺めるだけで言い、深呼吸するだけでいい。体の細胞ひとつひとつが目覚める。農園がある。自然農法を行っている。草も虫もすべての生き物が排除されることなく共生している。「いのち」の現場がある。毎日、その豊かな「いのち」に触れていると、知らずのうちに、生きるたくましさが心に宿っている。「愚放塾の農業教育」を参照

3、<態度価値>自分の中のあらゆるものを肯定する。互いに支え認め合う仲間とともに、自己肯定感を身に着ける。自らの人生を積極的に引き受ける態度を身に着けることによって自分の中に眠っている才能を開花させる。「死の経験を潜ること、それは真の生き方を学ぶこと!」を参照

to be continued→「それでもイエスと言えるだろうか?」

 
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