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生き方に迷っている若者へ贈る生きる知恵
2015/3/31 塾長ブログより
 
未来とは、実は恐ろしいものである!
 
未来は、字義通りならば、明日いや、次の瞬間、何が起こっても不思議でない。あらゆる生き物はその未来からやってくる偶然を引き受けていきている。一方、人間には、今日の延長線上に明日を想う癖も身に着ついてしまった。明日は今日とほとんど変わらないと思い込んで、ケセラセラ、明日は明日の風が吹くと笑っている。

いずれにせよ、行き着く先は悲劇である。想定外に不幸な偶然はあっては困るし、能天気な楽観主義もいざという時の備えを怠らせる。

未来がその荒々しい偶然性を露わにしたならば、たとえ理不尽であっても、その現実をいやがうえにも引き受けざる得ない。宝くじに当たることも偶然にはちがいないが、偶然は想定外という形でやってくるから偶然なのであって、その前で人間は茫然と立ちすくむしかない。

かといって、全く予期しない不幸な出来事に遭遇しない限りは、「こういった偶然はそうそう起こるものではない」と高を括ってしまうのも人情の常である。日々悲惨な事件や災害が報道されようが、テロで何百人が死んだニュースを見ても、死ぬのはいつも他人ばかりとほとんどの人にとっては、自分とはかかわりのない遠い世界のことでしかない。
 
未来を飼い馴らす処世術
 
しかし、この心理、単純そうに見えて実は意外に複雑である。

というのも、想定外の未来が油断を狙いすまして突然襲い掛かってくることを誰もが分かっていながら、そこから目を逸らしているからである。

世の中の動きや人々の様子を見ていると、南海トラフがどうの、今後30年間の大地震の発生率がどうのと報道が垂れ流され、たしかに地震グッズの売れ行きは好調のようだが、形の上だけで備えているように見てしまうのは僕の僻目であろうか。

「こんなことはいまに始まったことではないよ。なにも地震をはじめとする災害等にかぎったことではないぞ」と加勢してくれる人はいないのだろうか。

このままずっと変わることなく平和そうに見える日本、しかし、毎年3万人ほどの自殺者を出しているのはなぜか。人知れず、将来に希望が持てず生きづらさを感じ悩んでいる人も少なくないのも事実である。

巧みな情報操作で経済優先の政策を図ろうするこの国の政府に対して見捨てられた経済的弱者が貧困にあえぎ将来に希望を持てないのだと考える向きもあるが、そういう人たちにおいても未来に背を向けている点においては同じではないだろうか。

未来を飼いならして安穏と生活することも、たしかに生きる知恵なのかもしれないが、僕には誰もが未来から目を逸らし気を紛らしているようにしか思えないのだ。

未来に目を逸らす気持ちもわからないでもない。未来を正視するのが怖い。何を隠そう、僕自身そうであるからよく分かる。

未来が不安だからこそ先を見なくていいようにと、先を争うように、その場限りの楽しみに興じ浮かれるのだ。その場限りだからこそ、「楽しんだもの勝ち」の楽園が仮設される。刹那主義的にいまを楽しめるものだけが時流の波に乗って、不安を紛らすことができる。その楽園が現代社会なのではないだろうか。
 
未来の真実を知った者だけが、未来を生き抜く!
 
本来の未来を知ってしまったものは、その楽園から追放される運命になる。知恵の実をかじったばかりに、いまを楽しく生きれなくなって楽園から追放された者たちがいることも知っている。未来を悲観して、彼ら彼女らが死に急ぐのかもしれない。もしそうであるならば、そこには不安に苛まれ孤独のうちに死んでいくという現在社会の暗い図が見て取れるだろう。

何も死ぬことはない。未来の知恵を知りえたのだから、決して死んではならない。病魔が全身を蝕んでいるのは君たちではない。むろんのこと、かりそめの楽園で浮かれている者たちのほうだ。

現代という時代は、おそらく誰もが「いま」が乏しく「いま」に退屈しているのだろう。未来に目標が持てないうえに、さらに「いま」が貧しいのだ。だから、虚しい享楽に興じ、その虚しさを認めたくないがゆえに、いろんなことに託けてはますます享楽に奔っているのである。

むしろ、救われるのは、未来の知恵のみを食べて苦しみ、社会の裏舞台で孤独の裡に悩んでいる者たちのほうである。

未来の知恵のみを食べたものは、未来にどう対処すべきかを考えざる得なくなる。一緒に能天気にかりそめのいまに浮かれていることはもはやできない。だが、どうしていいのか、その答えが見つからないで絶望している。部屋に籠ってひとりで悩むしかないのだ。

すくなくとも彼らには自分の心をごまかしていないという誠実さがある。大多数の者が誠実さを犠牲にしてその場限りの「幸福=享楽」を求めて右往左往している。そんな体たらくを尻目にかけて、自分と向き合っているではないか。

だから、彼ら彼女らをひとりにしてはならなない。自分の心をごまかしていない悩める者たちを孤独にさせてはならないのだ。

未来を見据えて、ひたすらひとりで悩んでいる者たちが、世の中のあちらこちらに少なからずいるはずだ。

楽園を追放されたからこそみんなで「かの地」を目指せるのだ。
 
*何が起こるかわからない激動の時代を生き抜くには柔軟に適応する能力が必要です。そのためには未知の経験が必要です。以下の文章をお読みください。

参考記事:
「若いうちに承知しておかなければいけないこと」
「スティーブ・ジョブズのつながる力を信じるとは?」
「変革体験は幸福を永遠に刻印する」
「キレイごとに聞こえるかもしれないが、極限もそう悪くない!」
「滅びの力を利して生きること、それが自然の摂理である」
「生き方に迷っているあなたへ」
 
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