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世俗に塗れて世知に長けた大人の役目とは?
2015/3/26 塾長ブログより
 
理想は持ち続けるだけでいい!
 
現実をしっかり見ること、それは正しい。しかし、現実を見て理想をあきらめるようなら、それは間違っている。

「理想など思うな、理想を思い描いたところで実現しない」

そういう人がいるかもしれない。百歩譲ってそうであったとしても、理想を思い描くことが意味がないことにはならない。夢想家のように現実を無視しているわけではない。

理想は必ずしも実現する必要はない。

「実現する必要もないようなことを思ってみたところで何になる!」という反論に対して、「それでも、理想は思い描くだけでも意味がある」と答える。

理想は思い描くこと、それだけでいい。

それを無駄だと一蹴するような人は、理想を持ったことがないか、もしくは真剣に理想を思い描いたことのない人にちがいない。
 
いつの間にか目の曇りが取れている
 
理想を持つことは、理想と現実とのギャップを思い知ること。理想を見る眼で現実を見ると、いままで見えなかった現実が姿を現してくるはずである。

そこに幾多の疑問が生じる。それらの疑問に答えようと考えを巡らすだけでも、世の中の流れに与した現実主義者より、理想主義者のほうがはるか現実の深いところまで降りて行っているはずだ。

私たちは小さいころから何かにつけて「現実の見方」を教え込まれてきた。しかし、その見方の是非はともかく、現実の見方を学ぶことは、現実に合わせることだけを意味しない。現実を変えることも含まれているはず。ひいては、理想を描き、理想へ向かう力を生み出す契機ともなる。
 
理想は、自分の心の中にある
 
ところで、前言を食むようだが、実を言えば、理想は現実の見方に依拠しないものだ。理想は自分の心に正直になれる場所で産声をあげる。自分の心を見る曇った眼から理想は生まれない。

自分の心を突き詰めて現実を超えた高みにまで達した時、自分の望む理想のかたちが見えてくるだろう。

実現可能かを思い悩むより、「じゃあ、やろう、何も言わずにやろう、自分の心がやりたいと決めたことなんだから、まず踏み出そう」

高貴な行いには、味方もつく、もちろん目に見えるものばかりでない。目に見えない味方もたくさんついてくる。
 
純粋な心を支える
 
なまじ世の中を知って浮薄な現実主義者になるより、偽りのない心を純化して高邁な理想主義者になるほうが、余程豊かな人生を送れるにちがいない。

若者の心は純粋がゆえにたやすく折れる。しかし、純粋がゆえに理想を持てばまっしぐらに進む力強さもそなえている。

その純粋な心を支えるのは、世俗に塗れて世知に長けた大人たちの役目である。
 
参考記事:
→心の中の理想を探す「ミッションワーク 」はこちら
→好きなことを純化する方法「みんなが好きなことを好きなだけやっても、機能するのが愚放塾である」はこちら
 
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