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塾生の成長を目のあたりにして…
2015/3/17 塾長ブログより
 
保健所に依頼して殺処分など、もってのほかだ!
 
今朝の話である。

いつものように、「ライティング」の内容を分かち合い、気分の確認から始まって、思い思いの話題に展開していく。

どんな文脈でその話題になったか忘れてしまったが、塾生君が憤懣やるかたないといった口調で話し出した。

「9年間一緒に暮らした愛犬をですよ、飼えなくなったからといって2000円で保健所に出しますか!」

続けて

「やむなくそういう状況になったとしても、保健所に頼むようなことはしません。僕だったら自分の手にかけて殺しますよ」と、今度はいささかあきれた表情になった。

家々それぞれの事情があるだろう。飼えなくなった経緯をあれこれ非難することできない。むろん放犬は飼い主の責任放棄である。とすれば、保健所に依頼するのは、飼い主としてはいたって常識的な行為ではないだろうか。

しかし、塾生君はその世間一般の判断に憤っている。
 
人間の都合でするなら、自らの手で為せ
 
塾生君にとっては、愛犬の命がわずか2000円で取引されることも許されないだろうが、一番つらいはずの飼い主が、その一番つらいところから目を背けることに我慢がならないのである。

人間の都合で飼って人間の都合で命を処分する。家族同然にかわいがったペット、だからなおさらに、人間の身勝手が際立つ。犬一匹にしろ、かけがえのない命を弄んでいるようなものだ。

そうであればこそ、せめてもの償いとして、愛犬の命と向き合い、その命を自らの手で絶って、愛しい命を奪うことの辛さ苦しみを真正面から受け止めるべきではないか。

それが塾生君の謂わんとしていることである。
 
痛みも責任も感じることなく、「命」を食べている
 
命を人任せにすることは、この愛犬の例に限ったことではない。世の中にはあふれかえっている。

食卓に並んでいるものを眺めても、私たちの生活は命を人任せにして成り立っていることに気づかされる。つまるところ、自分の命さえ、医者任せということになってはいないだろうか。

かといって、どうすることもできない。それが現実であり、現代社会のシステムである。

ところで、今朝、塾生君がもうひとつ憤慨していたことがある。

「作物を荒らす野生のシカを補殺しても、食肉にすることもなくその場に埋めてしまう、なぜ、食べてあげないのか!」

たしかにそうだ。
 
理想は持ち続けるだけでいい
 
この件も、よくよく考えれば、手間暇かけてシカを解体してもそれに見合うだけの便益が得られないのも現状であろう。

安易に考えても、時間と労力をかけて野生のシカの肉を食べるより、手ごろな値段で買った牛豚のほうが余程おいしい。

だが、塾生君の眼はそこには向かない。

シカの肉が食卓に上らないのは、食肉の流通規定が障壁になっていると塾生君は指摘する。殺して2時間以内に市場に出さなければならないのが食肉流通上のルールだそうだ。
 
塾生の成長に目を細めた
 
僕は塾生君の話を聞きながら、ほんの半年前を振り返って、「いやあ、たくましくなったものだ!」と感慨を覚える。

自分自身の問題に雁字搦めになっていた当時と比べて、いまの塾生君は視野が広がったばかりではない。自分のしたいことが明確になって、それを視野の中心に据えて、そこから社会の問題へと目を転じていけるようになった。

大学へ復帰することを含めて、日々いろんなことを考え始めている。未踏の領域にまで分け入って社会に貢献できる道を模索している。

もちろん考えれば壁にも当たる。僕はその思案が塾生君を鍛えてくれるのだと思っている。

壁に何度も見舞われ、そのたびにあれこれ考えることがこれから役立つに違いない。

答えを急ぐことはない。激しい変化に耐えうるだけの思考の柔軟性や忍耐力を、文字通りの意味で、身に着けることが大切である。
 
社会を担う人材となってほしい
 
今朝のおしゃべりの最後は、新聞の一面にあった本の広告をみつけて、その話題になった。本の題名は「雑談のルール」、二人して笑った。

そもそもルールがないのが雑談。雑談にまでルールを求める人が多くなったとすれば、世の中行き着くところまで行ってしまった感がある。

もっとも商談でのコミュニケーションスキルとしての内容だと思うが、塾生君の笑っている表情を見ても、マニュアルに縛られて窮屈そうに生きていた塾生君の面影はない。

これからは、マニュアルに縛られるのではなく、むしろ、マニュアルを作るような人材に育ってほしい。塾生君にはそれだけの雅量がある。
 
参考記事:
「大学休学、不登校生への励ましの言葉!」はこちら
「大学休学、不登校のみなさん、いまの自分を信じられますか?」はこちら
「大学休学、不登校生へ、自分を学ぶとはどういうことだろう?」はこちら
 
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