大学休学、不登校生におすすめ!心の対話に「ハンドライティング」

今回は、いまや愚放塾の目玉になりつつある、「ハンドライティング」について書こうと思います。朝食後にするワーク。その日のこころの声を聴くための方法で、「ハンドライティング」とは、僕の命名です。

方法は簡単!

紙を前にして3分間、ただひたすら書くだけ…

…とにかく書く、書く、書く…速く、速く、速く…思いつくままに、考えずに書く。じっくり考えている間などない。どう展開するかもわからない。ものすごいスピードで書くだけ…

なぐり書きでいいから、筆を止めないのがルール。もし筆が止まったら、下敷き代わりの新聞紙の文字を拾ってそこから書き始めます。

どういう結末になるか、「紙のみぞ知る」、スリリングな朝のワークです。

みんなでシェアーし合う。

書いたものをお互いに読み合わせて、感想や意見交換をします。

自分では意味不明のことが、みんなの意見や感想から腑に落ちることがしばしばあります。

自分が書いたものを改めて読み返し、みんなの言葉を聞いているうちに不思議なことに、なんとなく、自分で心の奥で思っていたことだと納得してしまうのです。

どう解釈しようが自由です。精神分析ではありません。最終的には自分で判断して、心と対話するのです。

自分の心をいくら探ったところで自分はわからない。

僕は常々思っているのですが、心は内観してもわからないと思います。

もっともこれは僕の独断ではなく、科学的に証明されています。心の中を懸命に探るより、アウトプットしたものと対面して、はじめて自分はこんなことを感じ思っているいるのだと分かるのです。

普段、しゃべっているときでも、頭の中に原稿があるわけではありません。友達としゃべっているうちに、自分の考えや心模様が分かってくる、そんな経験は誰にもあるのではないでしょうか。

「ハンドライティング」の効果は、心の状態が日々違うことに気づくばかりか、もし書き出されなければ、控えめな感覚や思考は闇から闇へ葬られてしまうのだと気づかされます。

意識に上らなくても感覚や思考が心の中には渦巻いているのだなと改めて気づかされるのです。

心の生態系の循環から創造力が養われる。

この「ハンドライティング」を毎日繰り返して慣れてきますと、頭の枠が取れて、脳内回路も自由につなぎなおしが起こり、荒唐無稽でナンセンスな話が出てくるかと思えば、一つの作品のように整った文章が出てくるときもあります。

まさにペン先から言葉が流れ出てくるような感覚になります。

心の生態系で活動している名もない感覚や思考がペン先を通してつぎつぎに流れ出してきて、それを確認してまた心に戻す、その循環の中から、創造性が養われるのです。

細密描画を書く時の感覚と似ている。

こんな感想を持ったのは美大出身の参加者でした。以下、続きを紹介します。

感じたことや質感を筆圧やぼかし、線を重ねることで描いくように、「言葉」でデッサンしているような感覚です。

「考えて描く必要がない=文章として伝わるかどうかを頭でいちいち判断を下す必要がない」ので、頭をかすめた言葉や文をどんどん書き出せば良いのです。

言葉でこんなに自由に表現できることを実感したことはありませんでした。言葉で会話をして、言葉で思考し、日々生活している私にとって「言葉=私」が自由に広がった瞬間でした。それは「言葉=日常」を見つめる新たな手段を得たようなものだと思います。

こうして振り返ると、これらの発見は自分の中にあったのだという事に気付きます。

復学・復帰を目指す大学休学、不登校の方へ

愚放塾の教育システムは、「つくる(アウトプット)→きく(アウトプットした作品から自分を知る)→おもしろがる(心がこのように感じて、こう思っているのなら、心の欲するままにしてみて楽しんでみよう)→つくる」です。

愚放塾の教育は、この心の生態系の循環システムと言っていいと思います。このサイクルを繰り返し螺旋しながら、さらに深く自分を知り、新たな境地に進んでいくのです。

みなさんはどう思われますか?

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参考記事:
「微細な自己を発見する『ハンドライティング』」
「自分を知るためにいろいろ試し考えること」