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大学休学、不登校生諸君、農的「いま」を生きないか?
2015/2/19 塾長ブログより
 
「速断は禁物」は、いまなお生きている格言である
 
農業をしていれば、種を撒いてすぐに目が出ないから失敗、もう3週間もたつのに芽が出ないから失敗、そんなせっかちな感覚は通用しない。種が土の中から芽を出すには、種固有の発芽時間があり、自然条件が整って、ようやく芽が出る。

現代はめまぐるしい時代だ。そんな悠長なことを言ってられないのかもしれない。的確な状況判断に即断即決が要求される。状況々々に応じて、すばやく考え的確に判断できるなら、素晴らしいことである。

ややもすると、コンピューターに代表されるメカニックな時間速度に、人間のほうが翻弄されているようでもある。目先に結果にとらわれ、何とかしようと焦るあまり、間違った判断をしてしまうことだって多々あるだろう。
 
自然には発酵も腐敗もない
 
変化の激しい時代だからこそ、自然と成就する時間を持つことも、ときには必要ではないのか?

速く考えるのではなく、遅く考える。考えを寝かせて、ひらめきを待つ、その「発酵」する時間がいま求められているように思えるのは、僕だけだろうか。

一方で、考えても仕方のないことをくよくよ考える、そんなときもある。愚痴や繰り言もときに人生を彩る。だが、同じところをいつまでもぐるぐる回って、挙句に悪態をつくのなら、それは、「発酵」ではなく、「腐敗」である。

そもそも自然には発酵も腐敗もないが、自然とともに生きる人間の知恵がその区別をつけたのだろう。

「源氏物語」の、四季折々の情感を内面化した時間を持ち出すまでもなく、古来から時間は、自然とともに生きる、その生活のなかで豊かな様相を呈してきたのである。
 
参考記事:収穫高にこだわらない農業は本来楽しい。
「愚放塾の農業教育」
「『いのち』を分かち合う農業教育」
「そうじゃない、ただ草刈りがしたいだけなんだ!」
「なんとまあ、美しくて愛くるしいんだ!」
 
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