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出会いは一瞬であり、永遠である
2015/8/29 塾長ブログより
 
挨拶の意味
 
挨拶ひとつとっても、その人が見える。

出会いのときは瞬時に跡形もなく消えてしまうが、その人の人となりは不思議と心に残る。

しっかり挨拶ができるとか、できないとか、そういうことを言っているのではない。

内気な性格で伏せ目がちな挨拶しかできない人であっても、人との出会いを大切にしていれば、おのずと心は通じるものである。
 
ジョークとユーモアの違い
 
僕は皮肉とかジョークを嫌う。そこには人間の存在を軽く見る向きを感じるからだ。一方、ユーモアを愛する。そこには人間の存在を包み込むあたたかさを感じるからである。

皮肉とかジョークは遠回しの悪口である。それに対して、ユーモアは自分を低めて相手の心を開かせる働きがある。たとえ場を笑いで包んだとしても、その違いは大きい。雰囲気の質が全く違うからである。

端的に言って、ジョークとは他人の事を面白おかしく話してみんなを笑わせる言葉、この言葉の内包するところを軽く見てはならない。

他人を利用しようとする人は自分を損ねていることに気がつかない、同じ論法で考えると、自分を大切にする人は決して他人を手段として使おうとはしないものである。
 
挨拶を手段にするな!
 
挨拶も全く同じである。

相手によって挨拶の仕方が変わる人を見ると、挨拶を自分のための手段、すなわち他人を利用する手段に使っていることがよく分かるだろう。

そして、ことの必然として、そういう人に限って、たえず人目を気にして、相手の挨拶の仕方に腹を立てる。自分の巻いた種で苦しんでいることに気づかない。

存在と存在が互いを尊重しあう瞬間を分かち合う、かけがえのない出会い、どんな相手であろうとも、一瞬たりとも抜かりがあってはいけない無為なる行為なのだ。
 
挨拶とは聖なる儀式である
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手に入れることだけに夢中な人は、この無為なる行為を得てして軽んじる。欲望に勝てない人は、挨拶という聖なる瞬間でさえ損益で計ってしまうからである。

手に入れることに夢中な人がすでに手に入れた物には関心を示さないように・・・・出会いが一瞬であり、永遠であることを彼らは知らない。
 
参考記事:
「手渡しでなければ受け取ってもらえないもの」
「話し上手に人生の妙味は分からない」
「人の目を見ないで話してどこが悪い」
「偶然は、神秘か、屁理屈か」
 
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