ホーム >塾長ブログ >若いうちに承知しておかなければいけないこと

 

若いうちに承知しておかなければいけないこと
2014/10/19 塾長ブログより
 
痛みに対する東西医学の違い
 
最近は、体調が悪いとすぐに医者に行く。

でも、どうかな。

西洋医学では痛みや熱は悪者扱いにされ、痛み止めや解熱剤がすぐに処方される。しかし、漢方では、痛みや熱は体の免疫反応として解釈され、そういった症状は体の治癒力のあらわれとして止めようとはしない。

僕は専門家ではないので、もちろんどちらがいいのか分からない。
 
医療は難しい
 
NHK「ドクターG」をよく見るが、患者の症状を分析し、曖昧な指標しかない時点から「この病気ではないかしら?」と推定しながら、暫定的診断を繰り返し、その試行錯誤を通して最終診断を下す。

一刻を争う事態で、多角的な知識と、総合的な判断力が要求される医者という職業の大変さを手際よく見せている優良番組である。

とはいえ、緊急の場合、どの医者も、テレビのように、冷静沈着にクリアーな判断ができるとは思えない。

興味深い例があるので紹介しておこう。

それは1998年に起きた和歌山の毒物カレー事件に関して、ひとりの女子中学生の書いた文章が月刊誌「文芸春秋」に掲載された。

和歌山の毒物カレー事件、いまから16年前テレビを賑わしたあの事件である。庭の植木にホースで水やりしていた林眞須美容疑者が取材記者に放水した映像はまだ記憶に新しい。

1998年和歌山県の園部地区で行われた夏祭りで、カレーを食べた人たちがヒ素中毒にかかり、4人が死亡したというあの事件である。

しかし、女子中学生の書いたこの文章はあまり知られていない。「文芸春秋」に載ったその題名は「犯人はほかにもいる」であった。

林眞須美被告は2009年に死刑が確定し、現在大阪拘置所に収監されているが、女子中学生が告発した「犯人はほかにもいる」とはいったい誰のことだろうか。

事件は林被告の単独犯として11年の歳月をかけて決着がついている。当時、女子中学生は、林被告以外、誰を犯人として想定したのか。

衝撃的な告発であった。犯人とは、病院で懸命に救急処置に当たった医者である。
 
なぜ医者が犯人なのか?
 
夏祭りでカレーを食べたたくさんの人が腹痛を訴え、吐き気を催し、あちこちの病院に搬送される。どの病院に運ばれたかによって、患者の運命が分かれた。

ある病院の判断・・・吐き気がある、胃に異物が混入したかもしれないので胃洗浄をしよう。

ある病院の判断・・・吐いて苦しそうだから、吐き気止めを飲ませよう。

後者の病院の処置を受けた患者4人が死んだ。

医者の判断のミス、だから判断ミスをした医者も犯人、そう中学生は告発したのである。
 
現代医療に対する告発
 
この中学生の告発は、たんに医者個人に止まらない。根本的な意味を持っている。現代医療に対する根本的な告発ではないだろうか。

吐き気を催したのは、体に毒が回らないようにするための体の判断。吐き気止めを与えたのでは逆効果。

医者に診てもらう前に、体の判断に任せた方が助かったかもしれない。最高の医者は自分の体なのではないのか。

高熱が出るのは体内に侵入した「熱に弱い菌」を殺そうする働き。あるいは、熱を上げて免疫力を高める働き。痛みも、いまその個所を修理しているからむやみに動かすなという体からの合図。

動物は体の自然に忠実だ。体の具合が悪い猫は一日中、飲まず食わずで寝ているだけ。じっと動かない。体に負担をかけないようにいたわっている。

対して人間は、どうか?

ちょっとした熱ぐらいでは休んでいられないから、解熱剤。痛みがあると辛いから、鎮痛剤。血圧が上がれば降圧剤、眠れないと睡眠剤。便秘をすると下剤。等々

薬によって、体の合図を無視しているばかりか、体が具えている本来の機能を損なっているのではないだろうか。
 
病状を人為的に止めない
 
野口整体創始者の野口晴哉は、病とは経過だという。症状を経過させることによって、体は健康になるという。

つまりこういうことだ。

体=「いのち」とはいつも絶え間なく流れている川のようなものである。その体=「いのち」に滞りが生ずると、その滞った流れをよくしようと症状が出る。その症状の出方はさまざまであり、また変化していく。症状それぞれのあらわれ方に素直に反応し、その症状の変化を止めないようにすることによって、体は元通りに回復するばかりか、症状が出る前より一層健康になる、と説いている。

体調が悪いからと言って売薬を飲んだり、医者へ駆け込むよりも、症状やその経過を味わうような態度が必要なのではないだろうか。特に忙しい現在人にとっては。
 
心の教育も同じ
 
自分の心に素直になること、心の症状や経過を味わうこと、心はよい方へ向かっていることを信じて、心に生じた問題をみずからの心が解決する仕方を尊重しながら、じっくり見守ってやることが大切ではないだろうか。

心の問題解決をカウンセラーに頼ったり、鳴り物入りのスキルや特効薬で片づけようとするのは、どうかな。
 
参考記事:
「生き方に迷っているあなたへ」
「知識の汚れを落とし、納得のいく人生を手に入れよう」
「『理性的に』という言葉の被害者はいつも弱者である」
「標準化の流れに逆らおう」
「滅びの力を利して生きること、それが自然の摂理である」
 
ホーム >塾長ブログ >若いうちに承知しておかなければいけないこと