大学休学、不登校生に贈る「世にも奇妙な自己成長の物語」

ふと思う、ここままでいいのか、たしかに今は辛く苦しい。かといって、このままではダメだ。妥協して人生と折り合いをつけても満足できない。

それは分かっている。

たとえ、中途半端のまま復学・復帰したところで同じこと。社会へ出るのも悪くないと思いながらも、好きでもない仕事をするのなら、現状と少しも変わらない。

幸せの反対は不幸ではなくて、退屈なのだ。それもよく分かっている。

好きでもない仕事を嫌々ながら毎日している自分の姿を想像しただけでも、ぞっとする。

全てが飽き飽きしていた。

親父が読めと持ってきた本を無聊にまかせてパラパラとめくってみた。

「新たな人生への突破口として役立ったのは、現状から逃げ出す自分の弱さだった」

と、そんな言葉が目に飛び込んできた。

「弱さは必要だ。自分を見つめるために、自分が弱いのは本当に弱いからではない。いまの環境では自分が活かされないから、弱いのだ。だから、現状から逃げ出すのは自然である。小さな小屋の中で頑張っていても、やがて自分は尽きてしまう。たとえ一生分の生活がそこにあったとしても、その小屋の中で一生過ごすのは、あまりにも自分の無駄遣いだ」

と続いている。

いつしか若者は本に夢中になっていた。

「外へ出るにしても年取ってからでは遅い、体力も気力も未来もある若いうちに、小屋から出てみよう。

外に出ると、小屋の周りには木々が生い茂り、花が咲き乱れて、小鳥がさえずっている。

なんと美しいのだろう。

まずは山の頂上へ登ってみよう。そして見晴らしのいいところから、自分の人生という風景を眺めてみるのだ。

自分のこれまでの人生を振り返って、自分の心に偽りなく生きてきたか自問してみよう。

他人の言葉や思惑に振り回され、流行や評判に目が行き、悲観的な情報に聞き耳を立てて気をすり減らし、あるべき自分の姿を見失っていなかっただろうか?」

自分を信じて生きていくのだ!

これからの人生を眺めてみよう。

雲海が広がって青空がどこまでも続いている。

雲海のはるか向こうに山のピークが小さく覗いている。美しく光輝いている。思わず行ってみたいという衝動に駆られた。

しかし、すぐに思留まった。雲海の下は海だ。今の自分の力では、奇跡でも起こらないかぎり、あそこへはいけない。

そのとき、ふと声が聞こえる。

「そう、奇跡と感じたなら、それがお前の目標だ」

さらに声は続く。

「『なぜ』、それに惹かれたのか、考えるとよい。その次に、『何を』したいのか、考えるとよい。『どのように』は、考える必要はない、そうすれば、奇跡は現実になる。」

迷った。若者は自分と取引きをする。天の声を信じるか、それとも幻聴と思い直すか。挑戦して行動に出るか、失敗を恐れてやめるか。

また声が聞こえてきた。

「論理で考えるな、直線的な思考に走るな、因果関係に陥るな、自分の直感を信じ、実現不可能と思えることに挑戦せよ」

今度は声を確かに聴いた。

声を信じることができた。

「あの山の頂上まで登る必要はない。しかし、登ることに決めた。それが自らの人生の意味だからだ。思い出したのだ。生まれてこの方忘れていた使命をたった今思い出した」
と、ひとりごちると、山を下ることにした。

浜辺に立った。海の向こうに目指す山がある。

とりあえず、目の前に見える島まで行こう。

まず、そこで目標を達成するだけ力を蓄えよう。

「島で自分のやりたいことをしっかり見出そう。そして、理想の自分の観点からいまの自分を見下ろして、そのギャップを埋めるべく自分自身にイノベーションを起こすのだ」

豊かな自然に囲まれた島の生活は、未知の事ばかりだった。

馴染んだ思考が役に立たない。いままで経験したことのない頭の使い方が新鮮だった。自然に囲まれ大地の息吹に触れて身体が蘇った。

頭の回路がつなぎなおされ、身体感覚が鋭敏になった。

こんなに充実して楽しい日々を過ごしたのは子供の時以来だ。そうしているうちに、創造的でポジティブな思考が身についていった。

「奇跡は実現する」という思いが湧き上がった。

やがて、あの山のピークを目指して新たな船出をするときがきた。

島に着いたときとはまるっきり別人ように思えた。

「よし、行くぞ」

と、海に向かって叫ぶ。また声が聞こえてきた。

「お前が、自分を振り返り、自分が本当に納得できる未来を見ようとしたから、はるか広がる雲海の中から、あの山のピークが見えたのだ。奇跡などはない。思いが強く怖がらずに挑戦すれば、実現が向こうからやってくるのだ!」

復学・復帰を目指す大学休学、不登校の方へ

躓き、落ち込み、自信を無くし、自分を見失っている若者、そんな若者のすでに具わっている素晴らしい能力を何とかして花開かせたい!

彼らと生活をともにし、同じ目線で対話し、お互いを尊重しながら、彼らは成長し、僕も学ぶ。そうして、愚放塾は前に進んできた。

いつまでたっても、そのスタンスに変わりはない。

ひとりでも多くの若者たちに「愚放塾」を体験してもらいたい。

みなさんはどう思われますか?

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「スティーブ・ジョブズのつながる力を信じるとは?」