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「もがくなかで自分が解放・変容していく感覚」を得られた。
I.M 男性
 
母校の高校は東大に100名以上の合格者を輩出する進学校で、授業は成績順クラス、定期試験毎にクラス換えという、まさしく大学受験に特化した指導方針の高校でした。

中学入試で合格して喜び勇んで入学したものの、中学の途中で成績が伸び悩んだことをきっかけに、学習や部活をはじめ全てにおいて無気力の状態に陥りました。

成績はたちまち最底辺まで落ち込み、鬱々としたまま登校する日々が続きました。中高一貫校でしたのでエスカレーターで高校に入学したものの、無為徒食の乾いた日々を送っていました。

高校2年生となった春、「文化祭で演劇をやる」ということになり、何かそこに行くと新しい世界が広がりそうな直感に惹かれて飛びつきました。このとき、ここで演劇を指導なさっていたのが、いま愚放塾の塾長をなさっている木戸先生でした。

このとき演劇を通じて得たことは、「演劇とは、単に台詞や所作を覚えて立ち振る舞うことではない。自分が自分だと思い込んでる枠や殻から脱皮し、自分を変容させた瞬間に、ほんとうの演技が生まれる」ということでした。

正直、当時高校生だった自分には、真意が呑み込めていなかったのでしょうが、後に阪神淡路大震災でのボランティア経験などもあって、21歳にしてようやく大学に入学し、その後公立学校教諭から民間企業の会社員を経て、現在勤務する私立高校の教員となり、多くの人や生徒と接する経験を持ちました。

何をするにも自分の枠から一歩出て人と対することが大切なのだと感じました。人とつながるには、高校のときに経験した演技精神と同じものがあります。自分が変わらないかぎり人も変わらない。あのとき、先生の言われたことの意味を自分なりに消化しました。

教員を拝命して通算10年以上の経験を踏む中で、多忙にかまけ授業とホームルームと部活動をルーティンとしてこなし、事故無く平穏な教員生活を旨として日々を送るなかで、再び枠だらけ、殻だらけになっている自分に気付きました。

今回のワークショップでは、「3分間の速記」で自分が漠然と求めていた方向性が記号化され、また、特に明確にテーマを設定せず、偶然と直感のいわば「出たとこ勝負」で無理矢理ひねり出した演技づくりを通して、「もがく中で自分が解放・変容していく感覚」を得られたことは、普段の生活で忘れている感覚でした。

このワークショップの経験は、研究授業のように明日からただちに現場で活かせるというものではありません。しかし、自分で蓋をしている力の源泉を取り戻せたこと、日々の多忙さから少し離れて、自分の流されかけていた激流を川にかかる橋の上から眺めるように観察する余裕が生まれたこと、そして小豆島という自然と文化あふれる土地で自身を内省する環境を得たことが最大の収穫でした。

末筆ながら先生のご健康・ご活躍と、愚放塾の発展を祈念しております。
 
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