大学休学生、不登校生へ伝えておきたい告白手記

今回は、ある大学生の手記です。

ずいぶん昔のことです。いまから35年以上も前になりますか?

大学休学生、不登校生で復学・復帰に悩んでいるみなさんに、ぜひ読んでもらいたいと思います。

いまは昔?

当時の大学は自由でした。

授業をさぼってもやりようで単位を取ることはできました。もちろん、高校の時のようにクラスがあるわけでもないので、人付き合いも自由でした。

学科ごとに控室があり、そこを拠点として同じ学科に属する学生が、学年を超えて出入りしていました。「コンパ」と言って合同の飲み会もよくありました。

人とうまくやっていく自信が全くありませんでした。

飲み会に出ると、ただひたすら飲み、酔いつぶれるくらい飲みました。

そうせずにはいられなかったのです。

みんなと一緒に活動しなければと思いながらも、みんなで一緒に何かするとなると、決まって嫌悪の念が湧き上がってきました。

同級生と何気ない会話ができないのです。

同い年で、同じ内容を学んでいる人たちと話をすることが、できないのです。話をしようとすると、緊張が走って話ができなくなるのです。

何か話をしなければいけない、その思いがプレッシャーになって手が震えてしまうのです。

それを相手にさとられるのが恥ずかしく、対面している時間が、針の筵の上にいるように感じられて、本当につらくて仕方ありませんでした。

相手を嫌悪する理由は自身にあったのです。みんないい人たちでした。

嫌だと思う自分のほうが卑劣のように感じられ、それほど人付き合いが嫌なのならば、いっそのこと、人と付き合うのをやめれば、楽になると考えるようになりました。

そっとその人たちの近くから離れていきました。

大学に通っても、ほとんど人目を避けるようにして、授業に出るとすぐに帰り、自宅にこもるようになりました。

結局、一人ぼっちになりました。

いや、唯一友人がいました。彼だけが救いでした。かろうじて大学を卒業できたのは、彼のおかげだと言っても、過言ではありません。

最低単位で卒業する。

ごまかしごまかし学校へ行き、卒業を果たしましたが、何も考えずに教育学部に入ったのは、大きな間違いでした。

人前恐怖症、人付き合いの苦手な人間が、教師になることはありえない選択でした。

最後まで教師になることに抵抗しましたが、やむを得えない事情で教師になりました。

新米教師時代のこと。

過去に傷つけられた経験を引きずり、その痛手からなかなか抜けられませんでした。

もちろん、いつまでも立ち直れない自分に納得できません。もっとも、その自分を認め受け入れることすらしませんでした。ただあったのは、何もできないという無力感だけでした。

糸の切れた風船のように、人目と評価という風にほんろうされ、傷つくことを恐れて、ひたすら自分を守ることだけに神経を使っていたのです。

演劇によって自己変容体験!

教員時代のいたたまれなさは、大学時代の比ではありませんでした。

「このままではこれから生きていけない」という切羽詰まった思いから、演劇の世界に飛び込みました。

演劇の体験が、生き方を根底から変えてくれたのです。

大学休学生、不登校生のみなさん、復帰・復学に向けて愚放塾の演劇教育体験してみませんか?

たとえば、演劇ワークショップは参加者の信頼関係を築いて、何でも言える雰囲気を作ることから始めます。

場の耕しをゆっくり時間をかけて行います。

初対面の参加者が意思表示ができるような、くつろいだ場づくりができてはじめて、ワークショップはスタートします。

「心に嘘をつかずに嫌なことを嫌といえること」が、すでに演劇ワークショップの効果なのです。

自己変容の始まりです。

そして「がんばらない、らくしない、むりしない」をモットーにワークショップは進められていきます。

演劇の力とは、あるがままの自分を表現(表出)すること、人とアクティブな関係を築くこと、行動し挑戦すること。

舞台という虚構空間で、ありとあらゆることを試してみて楽しむこと。これが演劇の醍醐味です。

何でもあり、失敗はありません。

むしろ、「失敗」を積み重ねる経験が、自身の可能性を開き、支え合うことによってよりよい関係を築きます。

自らの可能性を開き、互いに認め支え合う関係によって相手の可能性も開く、それが愚放塾の演劇を通したコミュニケーション教育なのです。

あるがままの自分の弱さ、恥ずかしさを曝け出し、認め合い、支え合わなければ、納得のいく舞台は作れません。

このような場は、日常生活ではありえないでしょう。

非日常のよさを十二分に活用しながら、参加者の自己変容を促していくのが、愚放塾の演劇ワークショップなのです。

みなさんはどう思われますか?

ご意見・ご感想をお寄せください。

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

メッセージ本文



「自分を使い切る」とは、どういうことか?