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愚放塾に学んで
大学休学生:23歳 男性

はじめに

通い塾生も含めてほぼ一年に渡る、懇ろで、きめ細やかなご指導をしていただき、ありがとうございました。昨年の9月にお世話になりだした頃には、自分では全く及びもつかないような自分の良い面、悪い面と出会う機会を与えてくださいました。たゆまなく、お目をかけてくださっていたから、節目を迎える度に、非常に的確なご指導をいただけていたのだと、卒業をした後に痛感しました。おかげさまで、今までは想像することができなかった、とても良い方向への人生の転機を迎えることができました。

「僕はあまり人生の進路を自分で考えたことがなく、大きなトラブルがあっても親が解決してくれていた。また、人間関係もたまたま恵まれていただけで、新しい場所でうまくやっていく自信が無かった。」

「主体性の無さ、自己管理の甘さ、人との距離の置き方の稚拙さ、自分の在り方への自信のなさなどが原因で一学期早々出席日数不足で単位が2単位しか取れなかった。」

以上の2つの文は、僕が木戸さんにお世話になり始めてから少し経った頃に書いたものです。この時、僕は自信がない自分を変えたいと思っていました。僕の今までの人生での様々な失敗が、自信のなさに起因する卑屈な考え方によるものであると感じていたからです。しかし、自分に自信があるというのは、どのような状態なのか、分かっていなかったので、目指すべき目標もわかっていませんでした。

そのため、今年度に入って3か月は、本当に自信を持つこととはどういうことなのかということ、を模索する日々が続いていました。自分に自信がないと、問題に取り組む勇気が持てない、結果が出るまで物事を続けて、自己評価が悪い形で現れるのが怖い。だからといって、開き直って、慢心しては、問題を些細なこととして受け止め、改善する気が起きない。悪ければ目の前の問題すら見つけることができなくなってしまう…。なかなか納得のいく答えはでませんでした。

愚放塾で様々なことを学んだ今、少し違った考え方に行きつきました。

「自信がないままでも良い。」

そういう風な指導を一貫して木戸さんにしていただいたのです。演劇の練習では、試行錯誤し続けることの大切さを教えていただきました。技術的に向上し続けることはもちろん、その精神性が本当に自信を持つことにつながるということに気づかせていただきました。その生きるスタンスが、僕にとって非常に則したものであるということは、卒業してから少し経って振り返ってから気が付きました。

なかなか気がつかなかったことには理由があります。そのスタンスが、無理をしたり、気を張ったりする必要がなく、ごく自然に卒業後の生活に溶け込んでいたからです。

いままで、何度も自分を変えようとしてきて、無理をして失敗してきましたが、この変化はとても新鮮なものでした。

今でも自信はないままなのですが、そのことに苛まれて、心を乱されることがなくなりました。自分の至らなさを自覚する都度、改善・向上の方向に、自然と気持ちが向くようになっています。自信とは、その場その場で、何事に取り組むことになっても、最大の結果を目指す心構えになることができるという自覚であると、理解することができました。

僕がこのように変容することができたのは、演劇の練習のなかで直面した課題と向き合ったことが大きいです。

演劇からは、表現することの大切さを教えていただきました。自分を変えるには、「自分で把握している自分」の外側へ出る必要があり、それは、なかなか普段の生活では意識しづらいです。演劇は、自分の振る舞いの全てを意識化する必要があり、その過程で、自分の考え方や行動の癖が表出してくることを体験しました。そうすると、今まで気が付かなかった自分の側面があぶりだされて意識に上ってきます。

例えば、僕の場合であれば、僕が卑屈になっていた最大の要因はコミュニケーションが苦手であるということでしたが、漠然とした強い苦手意識があるだけで、具体的に何が問題になっているのかは、はっきりとした形では捉えることができていませんでした。演劇を通して自分の表現を見つめなおすことで、原因がわかりました。自分を適切に表現していなかったことが原因でした。さらに、他人に自分がどう映るかは、度が過ぎるほど意識してきましたが、自分がどう振舞えば、周囲が快適に過ごせるかといった能動的な表現には、驚くほど無関心であったことも気づきました。

こちらの能動的な意思表示が、関係に良い影響を及ぼすことは、色々な人から助言を頂きましたが、僕の何らかのトラウマのようなものに引っかかって、知らず知らずのうちに、意思表示を避けてきました。ところが、演劇の場では、そのように振舞うと味気ない演技になってしまうことを指摘されます。普段の消極的な振舞では、演技の中で関係をつくることができず、違和感がでてきました。

その違和感が出るたびに、木戸さんは演技を止められて、他者からは覗き見ることのできない、僕の内面で起こっている不全に対して、根気強く最大限の助言を下さいました。いままでずっと忌避していたことに対して、演技という安全な場で向き合うことによって、新たな自分に出会うことができました。

人間関係の問題の肝心な点が、演劇を通して浮き彫りになったことで意識化することができました。そして、その問題と向き合い対処することが可能となったのです。

自分の内面を出すこと、そして制御することが、演技をするうえでとても重要なことであると教わりましたが、それは普段のコミュニケーションでも全く同じでした。そして、内面を表現することは、外面を取り繕うだけでもなく、感情に任せて内面をすべてさらすのでもない、繊細な作業であることを学びました。今まで実践してこなかったことなので、まだ、なかなか上手くいかないこともありますが、僕は手を抜かず、表現に磨きをかけていきたいと思います。

以上のようなことを経験させていただきまして、卒業することができました。

是正の余地が大きく残されている「ダメなやつ」としての、スタートを切ることができました。そして、どこまで行っても「ダメなやつ」であり続けることも、確信を持てます。

なぜなら、より良い在り方を獲得する機会の連続を生きていることの喜びを教えていただけたからです。

実際に、卒業公演が終わった後も、何か欝々としてしまったことがありましたが、この一年間のおかげで、元の調子に戻すことができる自信がありました。欝々としたまま、繁忙期のアルバイトもなんとかこなして、今は持ち直して、復学に向けて図書館で勉強することができています。今後の人生では、木戸さんから学んだ精神性を糧に、休んだり迷ったりしたりしても、高みを目指すことを忘れないように励みます。一年間、本当にありがとうございました。
 
→塾生A君の「愚放塾3ヶ月の僕の体験手記」こちらの体験記も併せて読んでください。
 
→塾生A君の卒業公演のアルバムもご覧ください。
 
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