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愚放塾の演劇教育は肥やしでしかない~僕の演劇史も踏まえて~
2015/12/1 塾長ブログ
 
当時の劇団には、戦後の左翼運動と匂いが残っていた
 
ダメ教師だった僕が、自己変革に挑んで、やみくも飛び込んだ演劇の世界。当時、地元の老舗劇団には、まだ共産主義の匂いがぷんぷんしていた。

戦後の演劇界は、左翼運動と演劇が結びついていて、田舎では劇団員は「アカ」(共産党員)と見られていた。

さすがに、オルグと呼ばれる組織勧誘はさすがになかったが、メーデーにはちゃんと参加した。団費も一様ではなく、団員の所得によって格差があった。当然、演目も労働者の視点に立った社会性のあるものが多かった。
 
スタニスラフスキー・システムとの出会い
 
また、僕の所属した劇団は、日本リアリズム演劇協会に属し、演技方法論は、スタニスラフスキー・システムを採用していた。

スタニスラフスキー・システムは、モスクワ芸術座を設立し、チェーホフの戯曲を成功に導いたスタニスラフスキーの考案による演技術であり、その名がついたのである。

この演技術を用いて世界的に有名なったのが、アクターズ・スタジオのメソッド演技である。

スタニスラフスキー・システムがアメリカに渡り、その心理的な訓練が強調される形となって、映画用に変貌を遂げた。換言するならば、その演技術が、当時勃興した映画の演技にぴったりはまったのである。

ジェームス・ディーンをはじめとして、マーロン・ブランドやロバート・デ・ニーロなど、そうそうたるハリウッドスターを輩出したのである。
 
「俳優の仕事」
 
日本でも、スタニスラフスキー・システムは、戦後演劇の主流であった。1960年代のアングラ劇団やその後の70年代の小劇場スタイルの劇団が出てくるまで、そのシステムは、長い間もてはやされた。

スタニスラフスキーが生涯にわたって、その開発に心血を注いだリアリズム演劇の演技術、スタニスラフスキー・システムの基本は、舞台の前面に第四の見えない壁を想定して演技すること、俳優が観客の前に立ったとしても、観客を意識の外において役になりっ切って振舞うことにある。

その理論は、「俳優の仕事」というスタニスラフスキーの主著に事細かに載っている。

だからこそ、観客の視線にさらされることを宿命とする、俳優の最初の仕事は、舞台上の出来事にすべてを集中することからはじまる。「注意の集中」である。そして、最終の仕事が「体験の演技」である。

「体験の演技」とは、役の行動を自分自身の経験に即して追体験し、演技を自分にとって信じ得るものにすることを意味する。

俳優は戯曲を丁寧に解きほぐし、自らの心に深く分け入っていくような心理的作業が要求される。スタニスラフスキー・システムの稽古は、テーブル稽古と呼ばれる戯曲解釈の時間が恐ろしいほど長い。

読み合わせから始まって、戯曲の背景、登場人物の生い立ちから人間関係までを微に入り細を穿って解釈をする。スタニスラフスキー・システムに則って作劇するロシア演劇では、いまだにテーブル稽古でほぼ1カ月を費やすことも珍しくないという。

このような気の遠くなるほどの戯曲の「読み」を経てはじめて、「役を生きる」ことができるのだと、スタニスラフスキーは言っている。
 
いろんな演技メソッドを学ぶ
 
僕はスタニスラフスキ-・システムから演技の門をくぐった。それから、他の劇団を渡り歩いて、竹内敏晴氏ほか、いろんな人からいろんな演技の方法を肌で教わった。もちろん、ブレヒト、グロトフスキー、カントール、アルトー、ピーター・ブルックの外国勢から世阿弥、近松、小山内薫等日本勢の本も読みまくった。

若手演出家6人に選ばれて、その頃の売れっ子演出家デヴィッド・ルヴォーの「演出家のワークショップ」に参加。また、ルコック・システムには50日間のワークショップ体験。コメディア・デ・ラルテの演技も、さらにはインプロ(即興)の演技も少々かじった。もちろん、そのなかには演技術とはいえないものまで含まれている。

どの演技術にしても、どれがいいとかわるいとかいうのではない。統合することなくすべてが、僕の中に収まっている。

たしかに、それぞれの方法には相容れないところがある。

しかし、いま教育的に演劇を教えるようになって、その噛み合わなさこそが、いまの僕の支えている。
 
僕流の演劇メソッドは、教育と絡んでごちゃまぜの中から発酵した
 
論理で説明できないのが人間である。直線的に解決できないのが人間である。人間を見る目を持つには、むしろ、噛み合わない居心地の悪さを受け入れ、矛盾をはらんだ眼力が必要なのだ。

僕にとって教育のための演劇とは、愚放塾の塾生やワークショップ参加者が、誰の真似でもない、本来の自分に辿りつくための手段である。

彼ら彼女らが、自身の持ち味を咲かせるために、僕を肥やしとしてくれれば、それだけでいいのだ。
 
参考記事:
「デヴィッド・ルヴォーの思い出(1)」
「演劇で思い出に残っていることは何ですか?(Q13)
「演劇とはなんだと思いますか?」(Q14)
「『プリコラージュ』演劇教育法」
 
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