教師の課題を解決する、
演劇教育コミュニケーション・メソッド

僕が教師になったのは、1981年の春でした。その頃の教育現場はいまからでは想像できないほど、ゆったりのびのびしていました。

もっとも、田舎の小さな中学校だったこともありましたが、牧歌的な雰囲気が学校全体を包んでいました。

昨今の教育現場は、厳しさを極めている。

いま教職に就かれている皆さんは、授業、生徒指導、クラス運営等の能力評価はもちろん、電話の応対や身だしなみ、立ち振る舞いまで、トップダウン方式で管理され監視にさらされ、かつ、競争を強いられているのではないでしょうか。

世間の教員対する風当たりも相変わらず強いようですね。モンスターペアレントと呼ばれた父母の存在もいまだ後を絶ちません。十分な話し合いもなされないまま、一方的なクレームに追い立てられ、心身を疲弊させている教師も多いと思います。

また、生徒に話したうちの、ほんのたわいない言葉の、その言葉尻だけが捉えられ、父母を通して教育委員会に通告され、不適切発言として新聞紙上をにぎわすような不祥事に発展してしまうケースもありますね。いまの先生方は、生徒と一緒になって遊んだ僕らの時と違って、冗談一つ言えないようなプレッシャーの中で教育という仕事をしているのではないでしょうか。

たしかに、生徒に対して心ない言葉を発する教員がいることも否めない事実です。年配の教員の中には、若い時から先生と呼ばれ、教壇のうえから生徒を見下ろし、自らの未熟さを顧みることのなく年を重ね、世間知らずのまま退職を迎える教員も少なからずいることでしょう。

その点を差し引いて考えても、やはり今の教育現場には問題があると言えるでしょう。とりわけ、若い教員の個性を育む土壌がないように思えます。

現状打開いかにして可能か?

上述の状況は、そのままそれが教育現場の今日的課題だと思います。それではどうすれば、現状を打開できるのでしょうか。

教育の基本は、自由なコミュケーションだと僕は思います。自由なコミュニケーションのないところに教育はありません。一朝一夕に変えることができない教育現場の管理や監視システムの中で、どうすれば教師は自由なコミュケーションを取り戻すことができるでしょうか。

教師が自由なコミュニケーションを取り戻すために、次の3つの能力が必要不可欠です。

1.自意識を捨てられる能力

人間として生徒と向き合える教師とは、教壇の上で堂々と構えてみせる「プライド」高き教師ではありません。生徒の中に入って一緒に悩み、考え、行動できる教師のことです。

生徒の心に寄り添うことのできる教師とは、生徒に対して心を開き、融通無碍なものの見方で、生徒の中に潜む原石を見つけることができる教師だと思います。そこにはけち臭い「プライド」も自意識はありません。

2.自己変容能力

人間とは、多面的な存在であり、つねに成長・変化する存在です。そのことは、人間がどのような尺度をもっても測れないことの裏返しでもあります。

教師は、教える前に学ぶ存在であることを十二分にわかっていなければなりません。学ぶ気持ちを失ったら、教師の資格はありません。

学ぶことは、自分が変わることです。生徒を変える前に、教師自身に自己変容能力が具わっていなければなりません。

3.場を作る能力

場を作るためには、人を巻き込む力が必要です。理屈よりも行動が、そして、深刻さよりもひとつ笑いが状況を動かし、新たな場を作ります。

そのためには、間違いを認められる教師、弱みを見せられる教師、謝ることのできる教師、感謝することのできる教師、勇気があり挑発できる教師になる必要があります。自由にコミュニケーションが取れ、自由にふるまえるためには、生徒に対しても、同僚に対しても、謙虚と余裕をもって接する道化的精神を養うことが大切です。
 

上記3つの能力によって、生徒を巻き込み、同僚の教師たちを巻き込み、閉塞した教室や職場に風穴があき、自由なコミュニケーションが可能になるのです。

愚放塾の「演劇教育コミュニケーション・メソッド」

愚放塾では、演劇の手法を使って教師の今日的な課題を解決します。

上記の「自由なコミュニケーションを取り戻すための3つの能力」を演劇トレーニングの手法をアレンジしたメソッドによって、誰でも無理なく手に入れることができます。
 
*人前に出るのが恥ずかしい等 演劇ワークショップに対する不安、疑問については、Q&A形式の「塾長インタビュー:愚放塾の教育について(Q3)から」をお読みください。
 
*ワークショップの様子はこちらの写真をご覧ください。
*体験者の声は「おしつけがましさがなく、無理なく静かに明るく、平明で、風の通り抜ける感じがしました」からお読みください。

参考資料
→些細なことを軽視して学級崩壊を経験:「教師の皆さん、些細なことを大切に!」
→荒くれ生徒たちと不登校生の共通点とは?:「期待しないで見守ること、その信頼がバネになる」
→支援高校で得た貴重な学び聞く、待つ、引き出す(1)
→閉塞した教育を打破しよう:「教師-生徒関係とは、悪くいうと権力関係である」
→場づくりのヒント:「教える-学ぶことは切磋琢磨の関係である」
→教えるとは:「考え始めると、いつもそこに行き着いてしまうことがある」
→人前恐怖症の僕が教師になった訳:「僕が教師になったやむにやまれぬ事情」
→ダメ教師奮闘記「塾長インタビューQ13:先生をしていた時に、なにか思い出があったら教えて下さい」
→自分のなかの原石を磨く「『プリコラージュ』演劇教育法」
→新しいコミュケーションのとり方とは何か?「新コミュニケーション演劇教育」