ワークショップ >体験者の声>「演劇とは何か?」を語る >私から飛び出したのは笑いと涙でした

 
罵詈雑言が飛び出しても何の不思議もない場面で、私から飛び出したのは笑いと涙でした!
Aさん 女性 
 
「自分の思い込みで自分の世界を狭くしていたのなら、なんてつまらないことだろう」
 
ワークショップに参加させていただいて、自分の変化について書きたいと思います。

人とのコミュニケーションに苦手意識がありました。長年、それは自分のせいなのだと考える癖のついていましたが、わーショップに参加してあまり思い悩まなくなりました。

以前、ある方がおっしゃった言葉ですが、「世の中に悪い人はいない。世の中には良い人とそうではない人がいるだけ」というものです。聞いた時には、なるほど。と思いましたが、まだその時は、自分なりにコミュニケーションについて悩んでおりました。

愚放塾の演劇ワークの中で、「あなたは私のことなんかどうでも良いと思っている」と私が言った時、相方になった方が、「そんなことはないよ。あなたがそう思っていることは知っているけれど、私はあなたを想っているよ」と言ってくれた時、私の中で何かが変わるのを感じました。「それが本当なら嬉しいな」と思ったのです。そして、「自分の思い込みで自分の世界を狭くしていたのなら、なんてつまらないことだろう」と思いました。そうして心の中に穴が空くのを感じました。穴が空くと云うより穴が開くと言った方が良いでしょうか。

自分が外に気を使ってアレコレと悩んでいると、外の人は私に接しにくいものかもしれません。それよりも、外に気を使うのはやめて、自分の気持ちが良くなることだけ考えて日々のいることの方が外の人からみた時に、私の力が抜けていてコミュニケーションも自然になれる気がします。これに気付けたことが一つ。
 
意地悪くされた相手に慈悲の気持ちが湧いた
 
また、自分が大嫌いな人に焦点を当てて、その人のどこが嫌いなのかをじっと考えて、自分なりに行動を起こしてみる、と云うワークの中で、私のとった行動は、畳の上に仰向けに寝そべり、身体を拗らせ、両手でバタバタと畳を叩き、大笑いをし、次に号泣し、大笑いをしながら涙を溢れさせる、というものでした。

罵詈雑言が飛び出しても何の不思議もない場面で、私から飛び出したのは笑と涙でした。心の中では、「バカみたい」と「可哀想。」の二つの気持ちがせめぎ合っていました。驚いたのは慈悲の気持ちが沸いたことです。私がまだ幼い頃から意地悪な人であるという印象しか無い人に、慈悲の気持ちが湧くなんて。

その人は私の家のすぐ隣に住む人ですが、物理的な距離よりも心的な距離の遠さに気付けたことでなんだかとても嬉しくなりました。今までもそれは感じていたはずですが、はっきり意識に登りました。意識されることと、解っているけれどもハッキリと意識はしていないのとでは違います。先ほどの「世の中に悪い人はいない。世の中には、良い人とそうではない人がいるだけ」という言葉が、私の中で静かに流れて行きます。
これが二つ目の気付きです。

木戸さんのワークは気付きのワークだと私は思っています。ワークに参加した人、一人一人皆気付きは違うでしょう。その時には気付かなくても、家へ帰って数日たち、数ヶ月経ってやって来る気付きもあります。

木戸さんのワークは、人や自分を大切にして生きている人にとって、大切にしている分に見合った気付きをいただけるワークだと思います。
 
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