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『休学、不登校、中退、ニート、ひきこもり』と
呼ばれる若者たちは、300万人を越えている!

二ート、ひきこもりと呼ばれている若者、離職して仕事が見つからない、あるいは学校を中退してもやりたいことが見つからない若者、その場しのぎのフリーターになっている若者、統計によると、その数は300万人を優に越えています。

こんなに悩める若者が多いのは、若者に原因があるのではなく、社会に原因があるのではないのでしょうか?

いまの風潮や価値観が合わず社会に馴染めないのなら、その感性のズレを活かす方向を考えてみるもよいでしょう。

「現代社会に適応できない感性のズレにこそ、新時代に活きる可能性を秘めている」と、愚放塾はとらえているからです。

生き方に迷っているあなたへ

世の中を見ていると、よく吟味もせずに借り物を振り回して平気でいる人がいます。

情報ソースは、テレビなのか、ネットなのか、本なのかは知りませんが、いま流行りのもの見方で「ああだ、こうだ」と知ったかぶりをして得意になっている人がいます。

年を取ってしまうと、その借り物が体の芯まで沁み込んで、偽物の自分に気づくこともできなくなってしまうでしょう。みなさんはそうならないように気を付けてくださいね。

若いうちに大いに迷い悩んで、思考を練り上げることで手あかにまみれた知識の汚れを洗い流し、本来の自分から紡ぎだした「生きる力」を立ち上げましょう。

答えを押し付けれ、競争させられることには、もう「うんざり!」

勉強にかぎらず、私たちは小さい時からさまざまなことを学んできました。しかし、いつも答えが用意されていました。そして、いつかしその用意された答えに合わせるように仕向けられてきたのではないのでしょうか?

テストはもちろんのこと、友達と仲良くするために、個性的になるために、センスを磨くために、勤務評価を上げるために、社会での成功者になるために、たえず誰かが用意した答えに向かって懸命に努力を重ねてきたのです。

私たちが答えだと思っているほとんどは、みんなと合うかぎりにおいての答えでしかないのです。

もちろん、与えられた答えを教えられた通りに求めて成功者の仲間入りした人もたくさんいるでしょう。

しかし、いま生き方に迷っている若者たちは、少なくともその用意された答えでは、満足できないから悩んでいるのではないでしょうか?

参考記事:
「休学生、不登校生よ、絶望も輝くのだ!」
「失敗体験から積極的な逃げ、そして居場所」

答えは自分で見つける!

学ぶということは、知っていることから知らないことを発見する営みです。たんに解き方を理解して答えを導くことでありません。

教育=educationの語源は、ラテン語のeduco。このeducoという語には、「育てる」という意味と同時に、「引き出す」と意味があります。

この「education」という言葉から教育の意味を探ると、「生来的に具わっている能力を引き出し育て開花させる」と言い換えることができるでしょう。

学ぶということは、「知っている私」を通して「知らない私」を発見し理解することなのです。

→「教育プログラム」は、「愚放塾教育」ページの中ほどをご覧ください。

自分のなかの原石を掘り当て、それを宝石に磨き上げること!

世の中の人たちを見ていると、外ばかりに目が向いています。専門学校等に行って、新しい知識や技術を得る、資格を取ることに躍起になっています。

たしかに知識や技術は必要です。しかし、まず自分のなかに目を向けて、本来の自分から出発することが必要です。でなければ、学びが空回りして身に付きません。

愚放塾は自分を学ぶところです。演劇を通じて自分のなかの原石を探します。「からだ」を丸ごと受け入れ、自分に気づき、知らない自分発見します。

演劇とは身体を「学ぶ」ことの経験です。「腑に落ちる」「目から鱗が落ちる」という言葉が示すように「身体感覚」を通して、じっくり未知の(すっかり忘れていた)自分を学んでいきます。

学ぶ喜びという言葉がありますが、身体知の場合は喜びのなかでの学びます。

愚放塾の演劇メソッドは、喜び楽しみながらひとつひとつ自分を学んでいきます。童心に返って、「play」し、「Act」し、「ごっこ遊び」しながら、みんなで変わっていきます。

参考資料:
「標準化の流れに逆らおう」

身体の別のあり方から、自己変容の可能性を引き出す

思考と感情と身体は分ち難くつながっているのを知っていますか?

身体の使い方を変えることによって、思考や感情に変化が起こることが知られています。

思考=もの見方を変えるのはなかなか難しいですね。感情をコントロールするのはさらに大変です。しかし、まだ使えていない身体のあり方を探っていくことで思考も感情も変わります。

愚放塾 演劇メソッドには、日常的な身体のあり方とは違った身体の使い方が、工夫凝らして盛り込んであります。参加者は、ゲーム感覚で今までとは違った動きを楽しむことができます。

非日常的な身体のあり方から、知識の汚れが洗い流され、生きた自分があらわれてきます。そうして、思考や感情にも新たな地平が開かれていくのです。

参考記事:
「『プリコラージュ』演劇教育法」

「がんばらない、らくしない、ごまかさない」

脳こうそくで倒れた患者がリハビリする時、頑張り過ぎると、「からだ」が元の神経回路を使おうとしてしまい、新たな神経回路が伸びません。

無理せずに、いまできることを楽しないで一生懸命していくうちに、そこから新たな神経回路が伸びて、神経の再生が加速されるのです。「からだ」に宿る「いのち」は、ごまかしようがないのです。農作物のように丹念に世話して、ゆっくり着実にしか成長しないのです。

頑張る→できない→楽する→ごまかす。

そうではなく、脳梗塞のリハビリのように、

頑張らない→できる→楽しない→ごまかさない!

自分の「好き」をごまかさないで、いまできることを一生懸命していくうちに、自分のなかの原石が見えてきます。丁寧に自分と向き合えば、いままでガラクタだと思っていたものが、磨けば宝石になることが分かってきます。

参考記事:
「自分を甘やかしてはならないが、自分を甘えさせることは許す」
「がんばらない、らくしない、ごまかさない」

天才を天才にする「愚放塾教育」

社会の要求する用途に自分を合わせるために、語学を習い、資格を取り、訓練する……そうではありませんよね。頑張って世間の幸せに合わせるより、自分の幸せを大切にしましょう。

演劇を通じて、「からだ」を学び、新しい「感じ方」を知り、自由自在な「思考」を手に入れます。そうして、自己の能力の多彩な面に光を当てます。

そうして、隠れている自分を探し、あるいは眠っている自分揺り起こし、自分の本来の能力が姿を現してきます。。

すでに持ち合わせているさまざまな能力の新たな側面を発見して、試行錯誤しながら組み合わせ、自分由来の「生きる力」発見し、天賦の才能を開いていきます。それが「天才を天才にする」愚放塾教育なのです。

→参考記事:「人生に躓き悩む若者こそ、愚放塾の天才教育にふさわしい」
「天才を天才にすること!」

愚放塾の生活

目先の解決を優先させ、いまの社会に適応させるのではなく、生き方の基盤から問い直し、未来志向の才能教育を行うことで、問題の抜本的な解決を図ります。

また、少人数の塾生(定員4名)と教育経験豊かな塾長が共に生活するといった教育の在り方は、従来の通い型の支援と決定的に違うところです。

教育プログラムの実践はもとより、生活の場でごく普通に教育的な対話がなされ、自然な形で塾生の理解・指導が行われます。

その生活の様子は「24時間フルタイム教育とは、詰め込みでもなければ、スパルタでもない」に書いてあります。

また、自己成長の過程をつづった塾生の体験記もお読みください。「体験者の声」
 
*愚放塾教育全般については、塾長の体験を交えたQ&A形式の「塾長インタビュー:愚放塾の教育について(Q3)から」をお読みください。
 

あなたの原石を掘り当て宝石にするために!
「ほとんどの人は目標を投げ出すが、投げ出さない人の特徴とは?」

電話でのお問合せ・ご相談は
080-4918-3580

生き方に迷っている方:お気軽にご相談ください。
メールでのご相談は
guhoujuku@gmail.com 
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漫画家として行き詰まったときに駆け込みました。そして僕は、漫画家に戻りました!

体験者の声
塾生をはじめワークショップ参加者等の声の数々です。

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人前恐怖症、ダメ教師、挫折と自己変容……